助ける or 助けない
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フィナンシェが連れてきたシフォン・ブルークロップと名乗る少女。
この少女はどう考えても隣国ブルークロップ王国の関係者だ。
というか十中八九、王家の者だ。
「フィナンシェ、なぜこの少女を連れてきたのか説明してくれ」
俺の記憶が間違っていなければフィナンシェは朝食の買い出しに行くと言ってこの部屋を出ていった。
それなのに、一体なにをどうしたら人間を一人、それもこんな厄介そうな人物を連れて帰ってくることになるんだろうか。
「えっとね、買い物をしてたら裏道の方から一人が複数人に追われてるような音がして、それで助けてきちゃった」
少し気まずそうに、そして恥ずかしそうにしながらフィナンシェが答える。
要するに、いつものお人好しのお節介か。
フィナンシェが人を助けることは今までにも何度かあった。
お腹を空かせている子供に食べ物を買ってあげたり、困っているおばあさんを助けたり。
俺やテッドもフィナンシェに助けられている。
しかし、今回はフィナンシェが助けられる範疇を逸脱してしまっている。
シフォンと名乗る少女は隣国の王族の可能性が高い。
さすがに王族関連の厄介事に首を突っ込むのはやめた方がいいだろう。
「もといた場所に帰してきなさい」
ため息とともにそんな言葉が出た。
フィナンシェは「どうして!?」とか「そんなことしたらこの子が!」とか騒いでいるが関係ない。
明らかに関わってはいけない案件だろうこれは。
そもそも「この少女は本当に困っていたのか?」という疑問もある。
追われていたと言っていたが、追ってきていた者たちがこの少女の敵だとは限らない。
もしかしたらこの少女の護衛たちだったのかもしれない。
「人を助けるのは当然のことだよ!」
フィナンシェが叫ぶ。
しかしそんな言葉では俺の心は変わらない。
「それを言っていいのは助けられる場合だけだ。助けられもしないのに助けようとするのは自分たちにとっても助けられる側の者にとってもよくない結果しかもたらさない。わかるだろ?」
俺だって孤児院出身だ。
助け合うことの大切さはよく知っている。
困っている者がいれば助けたいとも思う。
だが、どんなに助けたいと思っていても助けられない場合もある。
今回はその助けられない場合だ。
「じゃあ、トールはシフォンさんがどうなってもいいって言うの?」
フィナンシェが下を向きながら返答する。
静かな声だった。
そして、震えていた。
下を向いているため顔は見えないが、フィナンシェが今どんな顔をしているかはなんとなく想像がつく。
「仕方ないだろう。俺たちにはどうすることもできないんだ」
俺の意見は変わらない。
もし俺たちに何かできることがあるとすれば、この街の権力者たちにこの少女の身柄を預けることくらいだ。
俺たちは一度この街を救っている。
頼めば、少女一人を預かるくらいはしてくれるだろう。
もしかしたら今回の一件にこの街の権力者たちが絡んでいるかもしれないと思わなくもないがその場合は仕方ない。
どちらにせよ俺たちになんとかできるような問題ではない。
フィナンシェからの反論はない。
俺とテッドが強いと勘違いしたままだから「トールとテッドならなんとかできるよ!」くらいは言ってくると思っていたが。
フィナンシェには「周囲に人がいると力を発揮できない」といったようなことを告げた記憶がある。
それを思い出したのかもしれない。
俺とテッド、特にスライムであるテッドの存在は相手への脅しにつかえる。
しかし、周囲に被害が出るような状態で俺たちが力を振るうことはないということも知っている。
フィナンシェたちが周囲にいては俺とテッドは実力を発揮できない。
かといって、いざというときフィナンシェだけで少女を守り切れるかと言ったらその自信もないのだろう。
もし襲われても俺とテッドは手出しできない。少女を狙う相手を直接排除できない。
そのことに思い至ったから何も言えず黙っているのだろう。
もともと自分が持ってきてしまった問題だと考え、俺たちを巻き込むのを遠慮したから黙っているのかもしれないが。
しかし、フィナンシェのこの態度は一体なんなんだろうか。
もしかして、少女を狙っていた奴らが少女に対してとてつもなくひどいことをするという確信でもあるのだろうか。
少女がなぜ追われていたのか、その具体的な説明がないからよくわからないな。
当の少女本人は部屋の隅でおどおどしていて何も話してくれないし、フィナンシェからもなんの説明もないから、フィナンシェも今回の件について詳しいことは知らないと思っていたのだが違うのだろうか。
いや、フィナンシェは少女が追われている現場を見ている。
そのときに何かを感じたのかもしれないな。
このまま放っておくと少女がひどい目に遭うと確信するような何かを。
「あ、あのっ!」
鈴を転がすような声が部屋に響く。
声を出しているのはシフォンという少女だ。
神に救いを求めるような表情。
胸の前で組まれた両手。
部屋に入ってきてから自分の名前以外を口にすることのなかった少女が、勇気を振り絞ったような様子で俺に向けて声を発している。
「あのっ、どうか、どうか助けてくださいっ!」
少女の口から出たのは懇願の言葉。
悲鳴と言いかえてもいいような精一杯の言葉だった。
少女がどうして俺たちに助けを求めてくるのかまったくわからないが、まるで俺たち以外に頼れるものがないといった必死さが感じられた。
俺だってできることなら力になってあげたい。
しかし……。
そう思ったところでまたも少女の口が動く。
「どうか、どうかお願いします! お願いします!」
それしか言わない少女の姿に困惑が増す。
その後も、何度も何度も同じ言葉を繰り返す少女。
少女の綺麗な声がかすれ始める。
繰り返し助けを求める少女の声は段々と尻すぼみになっていき、最後は床にうずくまり小さな泣き声が聞こえてくるだけとなった。
木でできた床に少女の涙が零れ落ちる。
ここまで必死にお願いされてしまうと断りにくい。
それと同時に怖くもなる。
これほど必死に懇願したくなるような状況に少女が置かれているのならば、この件に関わることで俺たちにのしかかってくる危険も相応なものとなる。
関わるべきでないという思いもより一層増した。
しかし、よく考えてみるともう手遅れなような気もする。
フィナンシェが少女を追っていた者たちを撒いてきたのか倒してきたのかはわからないが、姿を見られている可能性は高い。
【金眼】の噂は有名だ。
フィナンシェがこの少女を連れて行ったことはすぐにバレるだろう。
そして俺はフィナンシェとパーティを組んでいる。
少女を連れて行ったのがフィナンシェの独断で、俺が一切関わっていないとしても相手からしたらそんなことは関係ない。
もし俺が少女の行方を知っているのであればそれでよし。
知らないのであればフィナンシェを誘き出す囮につかえる。
そう考えられてもおかしくない。
そいつらが俺がスライムを連れているという情報に辿り着けなければ間違いなく俺も狙われる。
少女が追っ手を撒いたことにフィナンシェが関与しているとバレていない可能性もある。
しかし、望みは薄いだろう。
そもそも、少女は出自を隠していない。
俺たちは少女がブルークロップ王家の関係者である可能性が高いとわかったうえで少女を匿うような真似をしてしまっている。
なんかもう色々と手遅れのような気がしてきた。
テッドは『助けてやればいいだろう』としか言わないし、俺も考えるのが面倒くさくなってきた。
「まずは詳しい話を聞かせてくれ。助けるかどうかはそれから決める」
話を聞いたら後戻りはできないだろうな、と思いながらも俺はその言葉を口にした。
「困っているのか、なら助けてあげよう」という感じになる予定だったんですが、主人公トールが作者の想定以上に慎重だったため少し重い話になってしまった。