お人好しフィナンシェ、厄介事を連れてくる
新章突入です。
この世界に来てから結構な日数が経過した。
フィナンシェのお節介から始まった俺、テッド、フィナンシェの二人と一匹の共同生活にもだいぶ慣れてきた。
この世界に来たばかりの頃は見るものすべてに怯えていたが、今じゃこの世界のものを見たり触れたりするのが楽しみでしょうがない。
フィナンシェにも変化があった。
あれだけ怖いと言っていたスライムを怖がらなくなった。
といってもテッド限定なのだが。
最近はテッドに触れるようになったようで、たまにテッドを頭の上に乗せている姿を見かける。
テッドは相変わらずマイペースだ。
人魔界にいた頃と何も変わっていない。
いや、人魔界にいた頃よりも美味しそうに飯を食べるようになったか。
冒険者の知り合いも何人か増えた。
少し前まではテッドの存在を恐れて俺に近づいてこない奴か、テッドのことを知らなくてもフィナンシェの異名である【金眼】の噂を知っていて俺たちに近づいてこない奴ばかりだった。
しかし、筋肉ダルマのパーティと話し始めるようになって少し経つと何人かの冒険者が声をかけてくるようになった。
特に筋肉ダルマと俺が仲良くしていたのが効いたのだろう。
筋肉ダルマが俺に殺気を放っていたことはかなり広く知れ渡っている。
箝口令が敷かれているため、テッドのことを知る人間は少ない。
それでも筋肉ダルマがテッドのかばんを蹴り上げた瞬間を目撃した者も多い。
そしてそのほとんどは俺とテッドが仲良くしている姿も目撃している。
俺が筋肉ダルマと仲良くしているのを見て、あんなにひどい目に遭わされても報復したり暴れたりしない奴という評価がなされたのだろう。
普通であればこのような舐められた評価はバカにされたり絡まれたりする原因になるが、幸いなことに俺とテッドは桁外れに強いと勘違いされている。
おかげで、良好な人間関係が築けている。
俺たちの予定は二日仕事をしたら一日休み。
たまに達成まで数日かかるような依頼を受けることもあるが基本的には三日に一度は休むようにしている。
すでに一生遊んで暮らせるだけのお金を手に入れているので危険な依頼もあまり受けていない。
たまにカナタリのダンジョン奥地に行くという依頼を受けることもあるが、本来は危険なダンジョン奥地もテッドがいれば安全だ。
魔物がテッドの三メートル以内に近づいてくることはないうえに三メートル以上離れた距離からの攻撃手段を持っている魔物はカナタリのダンジョンには生息していない。
少々暗いのが難点だが魔光石があればその問題も解決できる。
ギルドからダンジョン奥地のマッピング依頼なんかをお願いされるようにもなり、徐々にダンジョン奥地での行動範囲も広げていっている。
この街に来てから毎日が楽しい。
明らかに、人魔界にいた頃よりも格段に良い生活を送れている。
良い部屋に泊まり、良い物を食べる。
娯楽に興じる余裕もできた。
生きるために必死だったころとは大違いだ。
この生活のほとんどがテッドとフィナンシェのおかげだというのが情けなくもあるが俺だって何もしていないわけじゃない。
真面目に依頼をこなしているし最近はこの世界の文字だって少しは読み書きできるようになってきた。
フィナンシェに戦闘訓練をつけてもらっているおかげで身体の動かし方も上達してきた。
アホだからなのか、フィナンシェは未だに俺が弱いことに気付いていない。
俺がフィナンシェに戦い方を教えてくれと頼んだ本当の理由も理解していない。
おそらく、俺の身体能力がとてつもなく高いため今まで技術を必要としてこなかったとか、ちょっと剣術を習ってみたくなったから訓練をお願いしてきたに違いないとか思っているはずだ。
俺としてはまたいつカードコレクターなんていう凶悪な犯罪者に命を狙われるかわからないという状況で何もしないでいられるほど図太い精神を持っていなかったというだけの話なのだが、フィナンシェがそのことに気付いている様子は一切ない。
この間の戦闘訓練で俺が攻撃を与えられた脇腹を押さえていた時だって「痛がるなんてトールらしくないよ。そんな演技お見通しなんだから」とか言いながら逃げ回る俺に容赦なく木剣を打ちつけてきた。
もし俺が弱いことや俺の身体が頑丈じゃないことに感づいていてあの行動をとっていたのなら相当危ない奴だが、どう見てもフィナンシェはそんな危ない奴ではない。
アホなフィナンシェの勘違いのせいで痛い目にはあったが痛みに耐えるだけの精神力は身に付いた。
さすがにあれを何度もやられると心もポッキリ折れるとは思うが三~四回くらいなら平気だ。
訓練内容が命の危険を感じるレベルになりそうだったら俺やテッドが異世界から来たことや本当は弱いことも打ち明けてしまおうと考えている。
そうならないことを願うばかりだ。
この世界の神は爺さんだったな。
今度教会に行って本気で祈っておいた方がいいかもしれない。
どうかフィナンシェに殺されませんように、と。
現実逃避はこれくらいにするか。
フィナンシェが連れてきた厄介事を前につい近況を思い出すという現実逃避をしてしまった。
目の前にいるのはフィナンシェとフィナンシェが連れてきた少女。
少女の名前はシフォン・ブルークロップ。
俺やフィナンシェよりも一歳年上の十六歳。
おどおどした雰囲気からは年上らしさは感じられないが、フィナンシェのものよりも大きなその胸はたしかに年上であることを主張している。
少なくともフィナンシェのように手のひらに収まる大きさではない。
フィナンシェの二倍以上、三倍未満といったところか。
肩にギリギリかからないくらいの長さで切り揃えられた髪はテッドよりも淡い水色をしている。
まるで周囲に溶けて消えてしまいそうな儚げな髪色をした少女からは気弱な性格とは別に高い気品が感じられる。
白いシルクのドレスの上に上品な紫色のローブを羽織ったその姿が気品を漂わせているのだろうか。
それとも、ブルークロップという名に聞き覚えがあるからそう感じてしまうのだろうか。
ブルークロップ王国。
カナタリ領に接している隣国の名である。
そして、少女の名はシフォン・ブルークロップ。
フィナンシェが連れてきた少女は、とてつもない面倒事の香りを漂わせていた。