日常
イエロースライムが去った日から三十日が経過した。
あの夜、イエロースライムの一撃でクライヴ、ジョルド、ローザさん、ケインの四人はカード化してしまった。
なんとか動ける状態だったのはフィナンシェとカルロスの二人だけ。
筋肉ダルマはイエロースライムの攻撃よりも、ひょろ長たちと戦った際に負った腹の傷とその傷から流れ出た大量の血のせいで意識を失い倒れていたらしい。
俺とテッドが目を覚ましたのはイエロースライムが去ってから二日後の朝。
草原に戻ったのはその夜だったのだが、そのとき俺たちを迎えてくれたのはカルロスとケインだった。
四人のカードと筋肉ダルマを発見したあと、フィナンシェとカルロスは一度、森近くの村まで戻ったらしい。
そこで一日療養。
その後、カードの色が危険を示す黄色から軽傷程度まで治癒したことを表す緑色に変わったクライヴがカードから戻され、意識を取り戻していた筋肉ダルマはクライヴを連れてギルド長への報告のためにリカルドの街まで引き返していったらしい。
カルロスは、俺たちが心配だと言って一緒についてこようとするフィナンシェをなだめてから草原に戻り、カードから戻したケインとともに俺たちの帰還を待ちながらイエロースライムが戻ってきた場合に備えて罠等の準備を進めていたそうだ。
カルロスたちと合流したあと、朝になるのを待たずに魔光石と松明の明かりを頼りに森を抜けた俺たちは、フィナンシェが寝かされているという村の空き家に案内された。
カルロスたちは何十日も前から「異変を感じたらすぐに村から逃げるように」と周辺の村々に説明していたらしく、危険が去ったことを知らせるために俺とテッドをフィナンシェのところへ案内してすぐに馬に乗って去っていった。
空き家に入ったとき、いきなり駆け寄ってきたフィナンシェに力いっぱい抱きつかれたときは驚いたが、俺とテッドが心配で眠れていなかったのか、そのまま俺の腕の中で安心したように眠ってしまったフィナンシェを見て、帰ってこられてよかったという思いが胸に満ちた。
その後は、フィナンシェの傷の具合がよくなるまで村で過ごした。
カルロスたちのくれた薬のおかげか、五日ほど休むとフィナンシェは身体を動かせるようになり、俺とテッドが村に着いてから六日後の昼には馬に乗ってリカルドの街に帰還することとなった。
街に着いてからはギルド長に報告。
カルロスとケインもとっくに街に戻ってきており、ギルド長や街の偉い人たちに今回の一件の説明を終えていたらしい。
俺、テッド、フィナンシェは、すでに街から用意されていた報酬を受け取り、その後は公衆浴場で傷と疲労の回復に努めてからはそのままリカルドの街で冒険者として活動を続けている。
筋肉ダルマたちともよく話すようになった。
一緒に依頼を行うことなんかはないが、街中で顔を合わせるたびに近況を報告し合うような仲になっている。
この間は、俺やフィナンシェがカルロスたちと初めて会ったときに乱入してきた筋肉ダルマの話題で盛り上がった。
謝罪するなら第一声が重要ということで、クライヴたち三人がかりで謝罪の言葉と姿勢を二日かけて指導したらしい。
乱入してきたときの筋肉ダルマの様子が普段と違ったのは三人の指導によるものか、と納得。
俺の横では、指導していたときのことを思い出した三人が爆笑していた。
謝罪が苦手な筋肉ダルマが一生懸命謝罪の練習をしていたのが面白かったそうだ。
当時は俺とテッドのことをよく知らず、筋肉ダルマが蒼い顔して震えながらやべぇやつに喧嘩売っちまったと呟き続けていたせいで三人も必死になって謝罪の練習に協力していたらしいが、俺とテッドのことを知ったいまとなっては相当笑える光景だったらしい。
筋肉ダルマが怒ってどこかに行ってしまうまで三人はずっと笑い続けていた。
カルロスとケインの二人は領主様のもとへと帰っていった。
イエロースライムの件が片付いたことをギルド長たちに説明したあと領主様のもとに帰った二人は、領主様から俺たちへの報酬を持ってリカルドの街に一度戻ってきた。
それが五日前。
俺たちに領主様からの報酬を渡した二人は、俺たちにもう一度感謝の言葉を告げるとそのままこの街を去っていった。
二人は領主様お抱えの精鋭ということだし、たぶんもう二度と会うことはないだろう。
この三十日の間にひょろ長たちに関する調べも進んだ。
カードから戻されたひょろ長たちを街の兵士が尋問したところ、壊れてしまったひょろ長からは何も情報を得られなかったらしいが、ひょろ長の配下にされてしまっていた者たちからは情報を得られたらしい。
その情報に関してはギルド長の口から俺たちに告げられたのだが、そのときの話によると、ひょろ長はもともとスライムのカードを手に入れるためにこの辺りに来ていたらしい。
フィナンシェや筋肉ダルマが最後まで戦っていた黒衣の男はスライムのカードを持って来いという命令を受け、スライムの縄張りに入り込み、その際に男と同程度以上の実力を持つ者が何十人もスライムにやられたらしい。
俺とテッド相手に明らかに不足している戦力で挑んできたのはこのときに有力な配下を失ってしまったからということだった。
なんでも、とてつもなく嫌な感じにさらされ、逃げようと思ったときにはすでに三匹のスライムに囲まれ、なんとか逃げ延びたときには自分以外誰も生き残っていなかったとか。
イエロースライムの嫌な感じは一キロメートル以内に近づかないと感じられないという話だった。
本来ならそれを察知してすぐに逃げれば被害はなかったはずだが、男たちがいたのはスライムの縄張りの中。
運悪く三方向をスライムたちに囲まれてしまったために逃げられなかったのだろう。
それでもスライムたちとの距離は数キロメートルは離れていたはずだからその男一人だけは逃げ延びることができたといったところだろうか。
おそらく、そのときに誰かがイエロースライムを刺激したのだろう。
刺激されたイエロースライムは怒り、逃げた一人を探して縄張りの外に出てきてしまった。
そして、その一人の気配を感じていてもたってもいられず山を破壊。
テッドはカード化した者の元の姿や魔力をカードから感じ取れるらしい。
イエロースライムも同じことができるだろう。
だからフィナンシェたちの誰かが持っていたその男のカードにイエロースライムが反応し、攻撃圏内に入ると同時に攻撃された。
要するに、今回の騒動の原因はすべてひょろ長にある。
俺たちを狙ったのも、スライムが手に入らずむしゃくしゃしていたところに少年に連れられたスライムが現れたからチャンスだとでも思ったのだろう。
人間に連れられているのならその人間にカードから戻され支配されている可能性が高い。
ならば、その人間を支配してしまえばスライムも手にはいると思ったのだろう。
実力は未知数とはいえ、スライムを相手にするよりかは少年を相手にした方が楽そうだからな。
ひょろ長が犯罪組織【カディル】のメンバーかどうか、もし【カディル】のメンバーだったとして俺たちのことを他のメンバーに伝えたかどうかはわからないが、いまのところは俺たちを狙うような者はいない。
冒険者ギルドに入ると、何人か逃げ出すようにギルドから出ていくことはあるがあれは俺たちが初めてギルドに来た日にテッドを見てしまった者たちがテッドを恐れて近づかないようにしているだけだろう。
俺たちの目の届く範囲で怪しい行動をとっている者はいない。
何も問題がないのであれば、もうしばらくはこの街で冒険者として活動していきたい。
「さて、こんなところか」
冒険者として依頼をいくつかこなしていくうちに俺も依頼書を読めるようになりたいと思って紙とペンを買ってみた。
とりあえずこの間のイエロースライムの一件を書こうと思ったが予想以上に疲れたな。
人魔界の文字で記した内容を読み上げ、それをフィナンシェに書いてもらい、フィナンシェの書いたこの世界の文字を俺の記した内容と見比べながら書き写す。
作業を始めたのは昼前だったのにもう完全に夜だ。
見比べながら書き写すだけで半日近くかかってしまった。
懐中時計の長針が十回転してしまっている。
紙とペンをテーブルに置いたまま立ち上がり、ベッドの上でスヤスヤと寝息を立てているフィナンシェを見ながらその隣のベッドの上に寝転がる。
テッドももう寝ているようだ。
魔光石への魔力供給を止め、明かりを消す。
この世界に来たときに感じた不安はもう感じていない。
人魔界には存在しなかった物を見たり、この世界でしか体験できないことを体験したり。
今はそんな日常が楽しくてしょうがない。
明日はどんな体験ができるだろうか。
そんな期待に胸を膨らませながら目を瞑る。
眠ってしまう前にテッドとフィナンシェに向けて言葉を発する。
「おやすみ」
そう言った直後、俺の意識は夢の中へと吸い込まれていった。
これにて第一章完といったところでしょうか。
物語が一区切りつくまでは毎日更新しようと思って投稿を続けてきましたが想像していた以上に大変だったので、今後もしかしたら事前に告知することなく更新が途切れるかもしれません。
その場合でも2~3日に一度は更新すると思いますので今後もこの作品にお付き合いいただければ幸いです。