脅威去りて日はまた昇る
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イエロースライムはなぜ俺たちのことを追いかけてくるのか。
テッドとイエロースライムの共通点と相違点はなにか。
そんな事ばかり考えていた。
しかし、違った。
考えるべきはそんな事じゃなかった。
いや、むしろ最初から考える必要なんてなかった。
今持っている物で使えそうな物はないか。
どうすればイエロースライムを俺たちから引き離せるか。
そんな考えも必要なかった。
依頼達成に必要な条件は最初からすべて見えていた。
イエロースライムにはわかりやすい特徴があった。
そして俺には、そのわかりやすい特徴を活かす才能があった。
そう。
イエロースライムはスライムで、俺はスライムとしか従魔契約を結べないポンコツだった。
頭に浮かんだ一つの考え。
『イエロースライムとの従魔契約』
イエロースライムはスライムだ。
ならば従魔契約を結べるのではないかという考えが急にひらめいた。
人魔界にいた頃はスライムとしか契約できないことで馬鹿にされてきた。
この世界に来てからはスライムは最強の生物だと教えられてきた。
馬鹿にされてきた事実と最強の生物という事実。
片や最弱と嗤われ、片や最強と恐れられる。
相反する属性を持つこの二つの事実のせいで俺がイエロースライムと契約を結ぶなんて発想は思い浮かばなかった。
しかし、イエロースライムもスライムだ。
それならばもしかして、という考えが頭をよぎった。
後ろを振り返る。
暗くて何も見えない。
しかし、ズズッという音、何かデカいものがあるという気配は感じられる。
その気配に向けて従魔契約を結びたいと念じてみる。
従魔契約を結べるかどうかは契約を結びたい魔物に向けて契約したいと念じることでなんとなくわかる。
テッドが言うには、念じたときに俺の身体から魔力の線のようなものが飛んでいくらしい。
その線が相手のカラダにつながれば契約可能。
つながらなかったり、つながってもすぐに切れてしまったりすると契約不可能。
ただ、魔物の中には常に魔力を遮断するような結界を身に纏っている種族なんかもいるため、この方法では契約できるかどうか判別できない場合もある。
そして、イエロースライムは判別できる方の魔物だった。
念じてから一分。
その間ずっと契約できそうな気がしている。
テッドの言う通り、念じることで魔力の線が飛んでいるのであれば俺とイエロースライムをつなぐ線はしっかりとつながったままだ。
極稀に契約できそうな気配はあるのに契約できない魔物もいるそうだが、大抵の場合は一分も契約できそうな気配が続けばその魔物とは契約が可能。
つまり、俺はこのイエロースライムと従魔契約を結べる。
問題があるとすれば、俺がイエロースライムの魔力に耐えきれないことだろうか。
八年くらい前に院長から聞いた話の中に従魔契約に関する恐ろしい話があった。
なんでも、強い魔物と契約を結んだ者が一瞬にして爆発四散したとか、賢く強い魔物と契約した者が逆に主導権を握られてしまったとか。
前者は契約者が契約した魔物の魔力量を受け止めきれなかったために起きた事故。
後者は契約を書き換えられてしまったことで起きた悲劇。
そしてもちろん、俺はイエロースライムの魔力を受け止めきれるだけの器を持っていない。
イエロースライムの魔力量は膨大だ。
テッドの感知では対象の大きさと対象の魔力の量と質がなんとなくわかる。
そのテッドが、イエロースライムの魔力量は多すぎてどのくらいあるのかわからないと言っていた。
つまり、俺がイエロースライムと契約を結ぶと俺は死ぬ。
その膨大な魔力を受け止めきれずに爆発四散する。
従魔契約を結ぶと契約した魔物と魔力の共有がなされる。
これは絶対だ。
しかし、長い年月をかけた研究によって生みだされた、魔力の共有を必要としない魔法契約がある。
『仮従魔契約』
名称に「仮」とついている通り、従魔契約を劣化させた契約ではあるが、この契約であればイエロースライムと魔力を共有することなく契約できる。
仮従魔契約は従魔契約の準備用につくられた魔法契約だ。
従魔契約を結ぶには契約を結びたいと思った魔物と仲良くなるか、その魔物との戦いに勝利するしかない。
そのため、戦いが得意でない場合や自分よりも強い魔物と戦わずして契約したい場合を想定して開発されたのが仮従魔契約。
従魔契約と違って契約した魔物に言うことを聞かせることはできず、念話も行えない。
さらに、契約した魔物から攻撃される可能性もある。
しかし、契約者の意思を魔物に伝えたり、魔物の意思を契約者に伝えたりすることが可能になるため、魔物と仲良くなるにはうってつけな契約だ。
仮従魔契約を結べば、なんとなくではあるが意思疎通が可能になる。
縄張りに戻れと命令することはできないが、縄張りに戻ってほしいとお願いすることくらいはできるようになる。
魔力の共有も起きないため俺が死ぬこともない。
契約が書き換えられる可能性はあるが仮従魔契約によってできるつながりはかなり弱い。
たとえ書き換えられたとしても悲惨なことにはならないはず。
お願いを聞いてくれる保証はないが現状を打破できるような他の案もない。
何もしないよりマシだ。
右腕で空中に青白い魔法陣を描く。
魔力を可視化するほどの密度に圧縮し、指先に集中。
集中させた魔力で線を描く。
この作業は相当な集中力が必要なうえに時間がかかる。
しかし、イエロースライムとは戦闘中というわけではない。
攻撃は飛んでこないし距離も結構空いている。
問題はない。
問題があるとすれば、疲労のせいで腕を上げるのが大変なことと、ひょろ長との戦闘終了から数時間のあいだに回復した魔力をすべて使い切ってしまうことくらいだ。
魔力はもうない。
失敗したら描き直せない。
そう思いながら、丁寧に魔法陣を描き出す。
描き始めてから三十秒弱。
魔法陣が完成した。
あとはこれをイエロースライムに飛ばしてぶつけるだけ。
まさかとは思うが、魔法陣をぶつけられたことを攻撃されたと勘違いして襲いかかってくるなんてことはないよな?
心配に鎌首をもたげるような想いになったが気にせず発射。
イエロースライムに対する恐怖は相変わらずない。
暗い闇の中を青白く光る魔法陣が飛んでいく。
イエロースライムはデカい。
外れることはない。
発射から数秒後、魔法陣がイエロースライムに当たった。
俺とイエロースライムの間に微かなつながりが生まれる。
『やったな』
「ああ、成功した」
テッドもつながりを感知している。
間違いなく契約は結ばれた。
仮従魔契約を結ぶのは初めてだったから少し心配だったがちゃんと成功した。
よかった。
そう思った瞬間、地面にへたりこんでいた。
一瞬、何が起こったのかわからなかった。
気付いたときには地面と尻がくっついていた。
理解したのはそれからすぐあと。
左右から聞こえる爆音と、大地が大きく揺れていることを確認したとき。
スライムが周囲を攻撃した。
理解したときには、足腰が立たなくなっていた。
無茶な力の抜け方をしたのか、どう頑張っても足に力が入らない。
足が封じられた。
これでは逃げられない。
殺される。
そんな俺の考えとは裏腹に、イエロースライムは何もしてこない。
よく考えると、足が動こうが動かまいが攻撃されたらそれでお終いという状況に変わりはなかった。
左右を見る。
暗くてよく見えないが、俺たちの近くに攻撃の被害はないように思う。
先ほどまで轟いていた爆音も近くから聞こえたものじゃなかった。
「意図的に俺たちを避けて攻撃したのか?」
不意に出たそんな言葉に、イエロースライムが反応した。
イエロースライムから伝わってきたのは肯定の意思。
念話ではないため何を思ったのか具体的にはわからないが、とりあえず俺たちを攻撃する意思がないことは伝わってきた。
意思のやりとりができている。
契約の効果はしっかりと表れていた。
続いて伝わってきたのは喜びと感謝。
何に喜び、何に感謝しているのかはわからない。
タイミングからして、仮従魔契約を結んだことに対してだろうか。
俺たちが追いかけてきたのは、俺とテッドの間に存在する従魔契約のつながりに興味を持ったからだったのだろうか。
自分と俺との間にもつながりができたから喜んでいるのか?
そう訊いてみたが反応はない。
伝わってないのかと思い何度か訊き直してみたがやはり反応はない。
返答の代わりに、何か欲しいという意思が伝わってきた。
何かを欲しがっているのはわかったが何を欲しがっているのかはわからない。
とりあえずカルロスからもらった薬瓶九本と薬をぶっかけた木の枝、それとテッドが興味を示したコマや鉱物なんかをその場に置いてから、上半身の力をつかって身体を引きずるようにしてその場を離れた。
その後、再度伝わってくる喜びの感情。
イエロースライムは、俺が置いた物を身体に取り込むと縄張りのある方に向けて去っていった。
俺とテッドはうつ伏せに倒れた状態で黙ってそれを見送る。
気がつくと夜が明けていた。
日が昇ってきたとき、まだ遠くに小さく見えていたイエロースライムの姿ももう見えない。
脅威は去った。
イエロースライムが縄張りに戻っていったことを確認したのち、俺とテッドは倒れるようにして眠りについた。
ちょっと拍子抜け感ありますがvsイエロースライムはひとまず終了です。
構想ではひょろ長の戦法をヒントにスライムを撃退という一幕があったのですが、ひょろ長が狂人化して違う戦法をとってしまったためお蔵入りになっちゃいました。
その戦法等に関しては今後どこかで蔵から出すかもしれません。