想像の埒外 例の『アレ』
所要時間五分未満。
オークの上位種オークジェネラルと一対一で戦闘を行ったにしては、あまりにも短すぎる時間。
しかも、一撃もかすることすらなく、無傷の生還。
「勝負を制したというより、勝負にすらなっていなかったな」
『そうみたいだな』
岩山の陰からオークジェネラルに接近するまでの時間を除けば、総戦闘時間は四分程度。
大抵の魔物を数秒~十数秒で仕留めてしまうフィナンシェの普段の戦闘時間から考えれば、それでも充分長丁場といえる時間ではあるが……。
「トール、テッド、待たせちゃってごめん! 早く他のオークのところに行こ!」
オークジェネラルのカード化を確認後すぐさまそのカードを拾い、何事もなかったかのようにあっさりと明るくも緊張感のある声で俺とテッドに謝罪し走り出したフィナンシェの様子を見るに、ギリギリの戦いの末に勝利したという感じはまるでない。
《なぁ、テッド。フィナンシェは疲れたら疲れたって伝えてくるよな?》
『隠すようなマネはしないな』
《そうだよな》
そして、フィナンシェは疲弊した場合素直に疲弊したと伝えてくる。
しかし今は疲れたと言うことも疲れたような態度を見せることもなく走り出した。
この行動が示す意味は、オークジェネラルと五分程度戦い、降すことは、フィナンシェにとって疲れるほどの事ではなかったということ。
つまり、オークジェネラルなど相手にもならない存在であるという証左。
オークジェネラルごとき、一対一なら危機感すら抱かずに倒せる魔物ということなのだろう。
《……頼もしいな》
『フィナンシェがか?』
《フィナンシェもそうだが、お前もだ、テッド》
『いきなりどうした、頭でも打ったか? 何を当たり前のことを言っている』
《いや、頭を打っていないことはお前も知っているはずだが》
ずっとテッドの感知範囲内にいるのだから俺がどこも怪我をしていないことはテッドも知っているはずだろう……とは思うがまぁ、テッドの自己評価が高いのはいつものことか。
というか、俺が言ったのはどちらかというとテッド自身の力ではなくこの世界に来てから付随されたテッドの魔力の効力について。
テッドの魔力に触れたオークたちが勝手に怯え無力化されてくれることについて頼もしいと言ったのだから、意識的にその現象を引き起こしているわけではないテッドが誇らしげな態度をとるのは何か違うような……。
「……まぁ、いいか」
テッドの感知と指示、あとついでにいつでも自信満々な態度にはいつも助けられているしな。
魔力も頼もしい、テッドも頼もしいということでもういいか。
そんなことよりも――
「え? 今なにか言った?」
「独り言だ。気にしないでくれ」
「ならいいんだけど……でもこれ、やっぱりおかしいよね?」
「そうだな」
元・オークの巣の岩山から出た直後。百メートルはあった距離を詰め合流したフィナンシェと並走しつつ、神妙な声で目の前の光景について意見を交わし合う。
「向こうに続いているこの大量の瓦礫はオークたちがあの岩山やそこら中の岩を破壊し運んだ跡だと見ていいとして、これを運んだオークたちはどこに行ったんだ?」
「私達が倒したオークの数は百四十八。だけどギルドの調べだとオークは三百五十体近くいるって話だったもんね。半数以上のオークが戻ってきてないってことはやっぱり、オークは岩を運んで何かをしようとしてるってことなのかな……?」
運ぶ途中で零れ落ちたのだと思われる大小さまざまな瓦礫が転がった岩場に、元・オークの巣の岩山を越えて以降まったく確認のできない残り二百はいるはずのオークや他四体の上位種の姿。
姿が見えないということはまだ岩を運んでいる途中か、目的地まで岩を運び終えたあと今度はその場所で運んだ岩を使って何かをしようとしているのだろうと考えられるが……よく考えれば、このロックブロックの岩場には大量に岩が存在しているのだからわざわざあの岩山周辺の岩を破壊して持っていかなくても岩が欲しいのなら目的地近くに転がっている岩を破壊すればそれで事足りるはず。
であれば、いま倒してきた百五十弱のオークと一体のオークジェネラルたちはあの岩山周辺でいったい何をしていたのか。
どう見ても岩を砕き集めていたようにしか見えなかったが、それにしては砕いた岩を運んでいる様子もなければ集めた岩を運ぶために今向かっている先から往復してくるオークの姿も確認できなかったし、もしももうすでに岩は足りているのだとしたら……もしもあの百五十弱のオークたちが岩を集めるためにあの岩山周辺にいたのではないとしたら、その目的はいったい……?
「なにがなんだかわからないが、もっと急いだ方がよさそうだな」
「うん」
何が起きているのかわからないという不気味な悪寒と何が起きているのかはわからないがだからこそ急いだ方がいいという警鐘にも似た嫌な予感。
高まる不安に押されわずかに荒くなった呼吸を整えようと意識すればするほどかえって深みにはまっていくような、何とも言えない息苦しさと、漠然とした使命感。
《俺たちでなんとかしないと》
声には出さず、テッドにだけ念話で伝えたのはどうしてなのか。
走る脚。
目まぐるしく回転する思考の渦に、休む間もなく動き続け意見交換という名の推測を重ねる舌と口。
この不安は何なのか。
この寒気はなんなのか。
明らかに異常をきたし何かを感じとっている身体と思考を置き去りにし、なぜか研ぎ澄まされていく全身の感覚器官。
底冷えするような不安と寒気に急かされながら瓦礫の跡を辿った先で、目に入ってきたものは――
「え? ねぇ、トール。あれって……」
「あれはもしかして、アレか? だが、なんでアレがここに……?」
具体化した恐怖と絶望に最大まで引き上がる警戒と緊張感。
普段の声よりも一段か二段低く、しかし微かに震え、上擦る声。
瓦礫を辿った先、そこにあったものは――目にするのも嫌なくらい、見覚えのある『アレ』だった。