その向こう側の景色
警戒もそこそこ。
最短距離を突っ走り辿り着いた元・円形闘技場型の岩山の右側、崩壊部。
予想以上に壊れ、前に見たときの五割程度の部分しか残っていなかった岩山の端から中を覗くフィナンシェの瞳にはいったい何が映っているのか。
具体的には、上位種がいるのかいないのか。
もしここに上位種がいて俺たちを無視していたのだとしたのなら、最悪の想定に一歩近づく。
だから、できることならいないでほしいんだが――
「どうだ?」
「うん、いるね。オークジェネラルが一体、他にオーク四体」
ここにはいないでくれという希望もむなしく、あっさりと告げられる上位種の存在。
…………そうか、いるのか。
「俺たちがここにいることは?」
「気づいてると思うよ。今日はノエルちゃんの結界がないから」
一応質問してみたことへの返答。その上位種は俺たちに気づいていないのではないかという微かな望みも、あっさりと砕かれる。
とはいえ、それは質問するまでもなくわかっていたこと。
前回来たとき気づかれずに岩山まで近づけたのはノエルが結界魔術で俺たちの匂いが結界外に漏れないように遮断してくれていたから。
今日はそのノエルもいなければ匂いを完全に消す手段も持ち合わせていないのだから、むしろこれで気づかれていなかった方がおそろしい。
……とは思ってみたものの、気づかれた上で放置されているというのも相当におそろしいか。
これは本当に、急がないとまずそうだな。
「どうする? 無視して先を急ぐか?」
選択肢としては倒すか、無視するか。
そして、今もっとも気にすべき事柄はただ一つ。
オークたちは岩を運んで何をしているのか。あるいは、何をしようとしているのか。
もしもオークたちの行動を阻止することだけに焦点を絞るなら、俺たちのことを放置しているここの上位種や他のオークは無視して先に進んだ方がいいと思うが……。
「ううん。あとで挟み撃ちされたら大変だから、ここで倒した方がいいと思う」
「……それもそうか。オーク四体は俺とテッドでなんとかするから、フィナンシェはオークジェネラルを頼む」
「うん、わかった」
目先の大事にとらわれることなく、しっかりと後のことまで考えての決断。
やはり、こういった決断はフィナンシェに任せた方がいい。
俺だけだと危うく先に進んでしまっていたかもしれない……などと考えてしまうのは、俺に経験が足りてない上に浅慮なだけかもしれないが。
『オーク四体か。敵の配置も聞いていないのに引き受けるとはお前も言うようになったな』
《……配置?》
『なんだ、何も考えずに言っていたのか。先が思いやられるな』
《先? …………あっ、そういうことか》
いや、本当に浅慮すぎるな。
考えが足りないにもほどがある。
たしかに、崩壊し風通しの良くなったこの岩山は前来たときよりも小さくなっているようにも見えるが、それでもかなりの大きさ。
だからこそ見逃しのないよう最初の様子見をフィナンシェに任せたわけであるし、俺はフィナンシェが中を確認しているあいだ周囲を警戒し突然の襲撃に備えていただけでまだ中の様子を確認すらしていない。
オークジェネラルも四体のオークもフィナンシェから「いる」と聞かされただけでソイツらがどの辺りにいてどのように布陣しているのかも聞いていないし、四体が近くにかたまってくれていればいいがもしも遠く離れた位置にバラバラに存在した場合とりあえずテッドの魔力に触れさせ動けなくするにしても、一体を相手しているうちに他の何体かはフィナンシェの方へと向かってしまう可能性もある。
上位種は油断のできない相手。
フィナンシェでもオークジェネラルと戦いながら他のオークまで相手にするというのは厳しいだろうし、フィナンシェには上位種に集中してもらおうと思って俺がオーク四体を引き受けるなどと口にしてしまったが、俺たちとフィナンシェとで手分けしてオーク四体を片付けてからオークジェネラルの討伐に向かった方がかえって集中できたかもしれない。
……なんて考えても後の祭り。
今から作戦を変更しようにもフィナンシェはすでに走り出し距離が離れすぎてしまっているため大声でなければ作戦の修正はできず、そんなことをすればオークジェネラルがフィナンシェの接近に気づいていなかった場合絶好の攻撃の機会を逃がすことにもなりかねない。
となれば、作戦はこのまま。
やることはフィナンシェとオークジェネラルの戦いに横槍を入れさせないこと。
《……これはもう、腹をくくるしかないか》
『よくわからんがその意気だ』
決心を固めるため、テッドに伝えた決意。
その後、テッドの適当な返事に背中を押され、踏み出す一歩。
フィナンシェを追って駆け出し、ようやく見えたその岩山の向こう側は――