腹に収めて
オーク三体をなんとか撃退しフィナンシェと合流したあと。
ロックブロックの岩場と毒持ち魔物たちの縄張りとのあいだに小さく存在する比較的安全な地帯。
そこに置いてきた馬の様子と馬糧の残り具合を確認するついでに朝食も作ってきたというフィナンシェから普段よりも香りの抑えられたスープやつい数分前に倒したばかりのオークの肉の挟まれたパンを受け取り咀嚼すること数分。
「トールとテッドのおかげでごはんが一品増えてラッキーだったね!」
フィナンシェの口から飛び出した「一品」という言葉はそこら辺に散らばっていたオークの肉片から適当な大きさのものを選び細かくスライスしてから焼いたモノをパンに挟んだコレのことなんだろうが……。
「今から倒しに行く魔物の仲間を料理して腹に入れるっていうのはその……どうなんだ?」
人魔界にいた頃は食えるときに食わなければ死んでしまうような生活をしていたし自分たちのことを襲ってきた魔物がどうなろうが知ったことでもないがさすがにこれは……俺やテッドは気にしないとしても、超がつくほどお人好しなフィナンシェが何の抵抗もなく笑顔でこのオークの肉を食べている姿にはかなり違和感が――
「え? でも……あ、そっか。トールたちは知らないんだっけ」
「知らないって、何の話だ?」
「ええっとね、これも冒険者たちの慣習の一つなの。『魔物を食らい、魔物を倒す』。大仕事前に魔物を食べて自分の血肉とすることでその魔物の強さを手に入れられる――っていう、迷信に近いゲン担ぎみたいなものなのかな? 仕事前に食べる魔物がそのあと相手にする魔物と合致していると『すでに敵は腹に収めた』ってことでより仕事の成功率が高まるって信じられてるんだよ?」
「へぇ」
なるほどな。
そういった慣習があるからフィナンシェもこうして何の感傷もなくオークの肉を食べられているのか。
これで、下手をすれば魔物にも感情移入して同情してしまいそうなフィナンシェがこれから倒しに行くオークの仲間だったオークの肉を食べても平気そうにしている理由がなんとなくわかったな…………とは、ならないな。
冒険者にそんな慣習があったのだとして、この世界に来てから一年以上も冒険者生活をしている俺がそれを知らなかったのは何故なのか。
俺やテッドがこの世界で冒険者になってからこれまでのあいだにも何度か大仕事と呼べるような依頼は経験しているし、それどころか何度か死にそうな目にもあっているというのに、これまでにフィナンシェがそんな慣習を実行しているような姿は一度も見ていな――いこともないのだろうか?
よく考えればフィナンシェはいつも自前のおやつ袋から何かを取り出し頬張っているから依頼前にフィナンシェが何か食べていたとしてもこれといって気にしたこともなかったし、フィナンシェの実力から考えてこれまでに経験したことの中で大仕事と呼べそうなものはリカルドの街へのスライム接近阻止やスタンピードの防衛戦やダララのダンジョン攻略や対ヒュドラ戦やラシュナの魔湧き鎮圧あたり。
どれも直前に戦う相手のカラダの一部が手に入るようなものでもなかったし、突発的に発生したものが多すぎて悠長にゲンを担いでいる暇もなかった。
これなら、俺が今までこの慣習のことを知らなかったとしても不思議ではないような気もしてくるな。
……とはいえ、今はそんなことはどうでもいいか。
「《浄化》」
考えごとをしながらの食事も終わり、食べ終わったあとの食器や鍋に浄化魔法をかけ綺麗にすれば出発の準備も完了。
オーク討伐に必要のなさそうなものはこの場に置いていくとして、必要になりそうなモノはすべて身につけたし、起きたときよりも少しは気分が回復してきた上に食事もちゃんと摂ったおかげか立って歩くことにも何も問題なし。
《テッド、異常は?》
『身体的な異常は見つからないぞ』
全身の動きを確認した結果どこも異常はなさそうであったし、テッドの見立てでも肉体的な故障は何もなし。
そもそもさっきオークたちが襲ってきたときもテッドは俺が立てないとは思っていなかったようであるし、精神的な疲労が身体に悪影響を及ぼし立てなくなってしまっていただけで、身体的にはもともと何の異常も存在していないのだろう。
つまり、今日は馬に乗る予定もないからあとは体調も自然と回復していくだけ。
時間が経てば経つほど気分も良くなり動きも良くなっていくだろうから、オークとの戦闘にも支障はない。
「フィナンシェ、ここからオークたちの巣まではどのくらいかかるんだ?」
あとはオークの巣に着くまでにどれだけ体調を回復させられるか。
さっきオークたちと戦ったことで思いついた策も一つあるし、体調のことも考えるとあと一~二時間は戦闘を行いたくないんだが……。
「う~ん、オークたちの動き次第なところもあるから正確な予測はたてられないけど……たぶん三時間くらいかなあ?」
……三時間。
であれば、多少前後したとしても一時間は気分と体力の回復に努められそうだな。
「まぁ、まずはオークたちの様子を確認しないとだしな。そろそろ出発するか」
「うん! 気合を入れていこう!」
とりあえず、もし三時間も休めるのであれば、オークの殲滅もなんとかなりそうだな。