冷静になるまで五分
今すぐロックブロックの岩場に向かうとはどういうことなのか。
「だからトール、コリスさんがトールのところに来たのは私たちに依頼を……あ、コリスさん起きてる! おはようございます! 具合はどうですか?」
「あ、はい。大丈夫です。……ですが、どうして私はベッドに寝ていたのでしょうか?」
説明の最中、ベッドの上で身体を起こしているコリスさんに気づいたのかわずかに視線が動いたのちコリスさんの方へ向き直り体調を確認し始めるフィナンシェと、状況を理解していない様子で小首を傾げるコリスさん。
《フィナンシェがギルドでどんな話を聞いてきたのかはわからないが、コリスさんがここに来たのは俺たちに何かを依頼するためだったみたいだな》
『そうなのか?』
話を聞いていなかったのかテッドはよくわかっていないみたいだがいまフィナンシェが途中で止めた言葉から判断するならばそうなるだろう。
《……と、そうではなくて》
『そうではなくて? そう、とは何だ?』
《コリスさんが起きたなら謝らなくちゃいけないと思っただけだ。これから謝るから少し静かにしていてくれ》
謝るのなら早い方がいい。
コリスさんも自分がベッドに寝かされていた説明を求めていることだし,これからフィナンシェに状況を問いたださなくてはいけないことを考えるとタイミング的には今が好機。
というより、今しかない。
「コリスさん、すみません。実は、コリスさんがベッドの上に寝ていたのはそこのかばんの中にいる俺の相棒、テッドが原因なんです。この部屋に入った途端テッドがかばんから出てきてしまって、それで俺たちと一緒に部屋に入ったコリスさんもその場で倒れてしまったんです。俺の不注意とテッドのせいで本当にすいませんでした」
この世界の謝罪方法も人魔界と同じ。
事情を説明して頭を下げる。
たしか、院長から教わったこの手順で間違ってなかったはずだよな?
こんなにも長い言葉を敬語で話したのも謝罪自体も久しぶりだから上手く謝罪できたか不安だが、これで事情を理解してもらうことはできただろうか?
「え? あああ、あの、トールさん?」
「怖い思いをさせてしまった上に危険な目にも遭わせてしまってすみませんでした。また何かあると困るのでかばんからは出せませんが、テッドもかばんの中で精一杯の謝罪を――」
「ト、トールさん! お顔を上げてください! 私はべつに気にしていませんからっ!」
気にしていない?
いや、この世界の人間がテッドの――スライムの魔力に触れて平気なはずがないのだから気にしていないなんてそんなはずは……。
《テッド、コリスさんが気にしていないと言っているのはどういう意味だと思う?》
『お前の説明が下手すぎて事情が正しく伝わらなかったのではないか?』
……なるほど。事情を理解できていないのか。
それならもう一度説明しないとだな。
「いえ、もう一度最初から説明をさせてくださ――」
「え? あ、あの、え? フィナンシェさん! トールさんを止めてください~っ!!」
「……なるほど。俺たちがギルドを出たあとでロックブロックの岩場に問題が発生したことがわかってコリスさんはその問題の解決を俺たちに依頼するためにここまで追ってきたのか」
「そう! だから早く出発しよ、トール!」
俺たちを追いかけてギルドを出たコリスさんは食べ物を買っている俺を見つけ依頼のことを相談しようとしたが俺が心ここにあらずな状態だったために説明は難航。
とりあえず物を買ってはかばんの中に放り込んいく俺のあとについてまわりながら何故か行く先々の店で試食用にと渡される食べ物を持ってこの部屋まで来たところ意識を失い、気づいたらベッドの上で寝ていた。
しかし、俺たちと関係を続ける以上いつかはテッドの魔力に触れてしまう可能性も考えていたからコリスさんが倒れたことはコリスさんも覚悟の上。
だから、今日倒れたことも、その原因がテッドであったことも気にしてない、と……。
《言っていることはわかるような気もするが、心構えができていたからといってそう簡単に受け入れ許せるようなものでもないと思うんだが……》
この世界の生物にとってスライムは恐怖そのもの。
幼い頃からスライムは怖いものと教えられ育ったからというだけでなく本能的にスライムを拒絶するように身体ができているということであるし、俺としては最悪の場合これがきっかけでコリスさんから拒絶されるようになることも覚悟していたのに、まさか逆に「覚悟はしていましたから」と一言で何事もなかったかのように接してもらえるようになるとは思いもしなかった。
これはコリスさんが優しすぎるのか、度胸が据わっているのか……。
『本人がいいと言っているのだ。素直に受け入れておけ』
テッドは気にしなさすぎではあるが、まぁ。
《仲が悪くならなかったことは喜ぶべきことか》
実際にコリスさんが俺たちのことを避けているような様子もないし、謝罪はしっかりと受け入れてもらったと考えていいのだろう。
それに正直、問題が解決した感じのするコリスさんのことばかり考えていられる状況でもないしな。
「何してるのトール、ロックブロックの岩場で魔物が暴れ出して大変らしいから早くなんとかしに行かないと!」
「待て、食糧なんかはどうするんだ? もう夜だし、馬を走らせるのも危険だろ」
口調は明るく張り切っているだけのようにも聞こえるがどう見ても急いでいるフィナンシェ。
フィナンシェがこれだけ慌てているということはそれだけ大変な事態になっているということなのかもしれないが、ノエルの魔術による補助もなしに暗い夜道を馬で駆けるなどただの自殺行為。
もしかしたら明日になればノエルが帰ってくるかもしれないという微かな希望や馬に乗りたくないという気持ちも多分に含まれてはいるがとにかくこの場はフィナンシェを落ち着かせないと、ロックブロックの岩場に辿り着くまえに命を落としかねない。