浮き彫りになった弱点と実力不足
ノエルがいなくなった休息日が終わり、明けて一日。
リカルドの街近く。平原の上。
「トール、そっちに二体!」
「わかった! すぐ倒す!!」
すでに六体の魔物を相手取っているフィナンシェと、新たに後方から迫りくる二体のアシッドウルフ。
フィナンシェは少し離れた場所で戦闘中で、すぐには手が空きそうにない。
ノエルもいない。敵は同じ方向から向かってくる二体だけ。
ということは……。
これはゴブリン以外の魔物と戦闘をする、絶好の好機。
《テッド、アイツらの相手は俺一人でする。手は出すな》
『いいのか? 危険だと思っても手は貸さないぞ?』
《……いや、そこはさすがに手を貸してくれ》
フィナンシェとノエル、強大な力を誇る二人が揃っているときには中々やってくることのなかった絶好の機会。
何百日も前から続けている五日に一度の休日訓練。ゴブリン相手の――実戦の成果。
ついこのあいだゴブリン二十体くらいならテッドと話しながらでも余裕でカード化させることができたが、ゴブリンとは体型も強さも全く違うアシッドウルフ二体を相手に、どこまで戦えるようになっているか。
テッドにかばんから出ず、指示も出さないように告げてからの、様子見の一閃。
反撃されてもすぐに退避できるよう重心を意識してからの、ただ一直線に迫りくるアシッドウルフ一体の首を目掛けての、切り下ろし。
七割程度の力で振るったその剣の行く末は――
「ぎゃんっ!」
予想外にも、小さな悲鳴を残しカード化する一体のアシッドウルフ。
振り下ろした剣はあっさりとアシッドウルフの首を捉え、切り落とし、俺の足目掛けて振るわれた爪は足を覆う防具にすらかすることもなく、ただただ一瞬の出来事。
一体目にわずかに遅れやってきた二体目のアシッドウルフもその行動の先を読み少し身体をずらせば、振るわれた爪や大きく開かれた顎の先にすでに俺の身体はなく、狙いを外されたアシッドウルフのカラダは驚くほどに隙だらけ。
「ギャウンッ!」
爪と牙両方を避けられそのまま真横を通り過ぎようとするアシッドウルフの背中に剣を叩き込めば二体目も簡単にカード化――とはいかず……。
「ガァルゥッ!」
即座にカラダの向きを変え噛みつこうとしてくるアシッドウルフの顎を躱し、今度は一体目同様無防備に晒された首を狙っての振り下ろし。
急所を狙っての二撃目はしっかりとした手応えとともにアシッドウルフの首を地に落とし……。
「ガゥゥ……」
弱々しく唸り目の色が失われていくアシッドウルフの頭と、切り落とされた頭を残しカード化していくアシッドウルフの胴体。
胴体が完全にカード化する頃には頭も完全に沈黙を果たし、油断せず辺りを見回しても周囲には他に魔物の影もなし。
「ふぅ……思ったよりも苦戦せずにすんだな……」
フィナンシェの方も残すところあと一体ということを確認してから、汗を腕で拭いつつホッと一息。
《なかなか良かったのではないか?》
「テッドからもそう見えたか。それならいまの戦闘は成功だな」
主観でよくできたと感じただけでなく、テッドからの評価も上々。
さすがに背中を断ち切るには力が足りなかったが敵の動きを予測し剣を当てることには成功したし、二体続けての戦闘でもしっかりと余裕を持って動くことができた。
二体目の咄嗟の噛みつきにも対応でき、テッドからの評価も悪くない。
ということは、この勝利は手放しで喜び今後の自信の源としていっても良いような結果だったのだろう。
「……とはいえ、戦闘の結果は高く評価できても戦闘前の行動には反省が必要だな」
『フィナンシェ一人に六体も相手取らせたことか?』
「そうだ。魔物がいたと気づいたときにはもうフィナンシェが一人で魔物の中に突っ込んでいたからな。というより、フィナンシェが突っ込んでいったのを見て魔物の存在に気づけたくらいだしな」
気配に対する敏感さや、目の違い。
あいだに遮蔽物さえなければフィナンシェの方がテッドよりも遠くまで索敵することが可能。
それに、フィナンシェは一人での冒険者生活が長かった。
だからこその動きなのだろう。
ノエルがパーティに加入するまえは俺が足手まといすぎてほとんどフィナンシェに頼りきりだったから不思議にも思わなかったし、ノエル加入後はノエルの実力も高かったからかそこまで目立つこともなく、大して気になることもなかった弱点。
しかし、辛うじてでも足手まといにならない程度の実力を身につけ戦闘に参加する意思もしっかりとある上にノエルもいない今ならありありと見てとれる、フィナンシェの弱点。
そして、ノエルがいたときには浮き彫りになることもなかった弱点をハッキリと浮き彫りにしてしまうほどの、俺の実力不足。
どちらが悪いのかと言われればフィナンシェの動きに対応できなかった俺の実力不足が悪いのだろうが、客観的に見ればおそらくフィナンシェも悪い。
特に、一人で何でも解決しようとしてしまう癖。
フィナンシェのこの癖は、フィナンシェの強みでもあり、フィナンシェの大きな弱点でもあるだろう。
「……とにかく。俺もフィナンシェも、二人ともしっかりと反省した方がいいだろうな」
まず、フィナンシェが走り出したのを見てすぐについて行く選択をできなかったことを俺は反省すべき。
だがフィナンシェも、俺やテッドの存在を無視し、単独で突っ走り一人ですべての片を付けてしまおうとしたことを反省すべきだろう。