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どこかおかしい

「あっけない終わりだったな」


 あれだけ苦戦させられたのに、最期はあっけないものだった。

 お互い策を弄するでもなく、ただ単に向き合い、斬り合った。

 結果は、俺の勝利。


『終わったな』

「ああ、終わったな」


 終わった。

 つい数秒前にも口にした言葉。

 感慨もなにも含まれていない、事実確認をしただけであろうテッドの言葉。

 そのテッドの言葉を繰り返すように再び口にした。

 口にした瞬間に湧き上がったのは、やり遂げたという達成感とひょろ長に対する謎の感慨。

 自分以外の者から終わったと告げられることで「本当に終わったんだ」という実感が湧いてきた。


 地面に落ちているひょろ長のカードを見る。


 カード化の法則の話は聞いていたし、十人以上の人間がカード化するところもさっき見た。

 しかし、こんなにも近くでまじまじとカードを見るのは初めてだ。


 とりあえず回収しておこうと思い、拾ってみる。


 軽い。


 本当にこれが人間なのかと思うほど軽い。


 たしか、カードの状態で居続けると精神がおかしくなるという話だった。

 ということは、カード化の恩恵は身体の修復のみ。

 精神が修復されることはない。


 つまり、カード化したからといってひょろ長の精神が元に戻ることはない。

 むしろ、すでにおかしくなっている精神がさらにおかしくなってしまうかもしれない。


 だからだろうか。

 テッドの映像を斬り続けるひょろ長を見て自分の手でとどめを刺してやりたいと思ったのは。


 俺は、精神が元に戻る保証もなく、映像と現実の区別もつかない、そんなこいつに何かしてやりたいと思ったのだろうか。

 それとも、いつ死んでもおかしくない極限状態に身を置き続けたことで俺の精神もどこかおかしくなってしまったのだろうか。


 そんなことを考えながらテッドの指示に従って散り散りになった荷物を拾い集め、フィナンシェたちのいる場所へと戻った。


 俺たちが戻ったとき、戦闘はすでに終了していた。

 フィナンシェや筋肉ダルマたちは全員生存。

 カルロスとケインもカード化していなかった。


 辺りは大分暗くなっていたが、数メートル先の相手の表情が確認できるくらいには明るかった。

 せっかくなので、まだ森の中から姿は出さずに少し離れた木の陰からフィナンシェたちの様子を窺ってみる。


 やはり警戒しているのだろう。

 フィナンシェたちとカルロス、ケインの距離はやや離れている。


 身体を休めながらもカルロスたち二人組を警戒している筋肉ダルマパーティ。

 凛々しい外面を浮かべながら果実を食べることに集中しているフィナンシェ。

 困ったような顔で筋肉ダルマパーティを眺めているカルロスたち二人組。


 カルロスとケインのそんな表情を見たとき、なんとなくこいつらは敵じゃないんじゃないかと思った。


 ただの勘。

 しかし、その勘は正しいように思えた。


 俺の勘が正しいと仮定して、カルロスたちは敵じゃないと思ったうえで二人を観察してみる。


 困ったような表情。

 敵対の意思はないというように鞘に納められた武器と脱力した姿勢。

 カルロスとケインはそこまで苦戦しなかったのかほとんど無傷。

 対してフィナンシェたちはボロボロ。

 数では負けているがどう見てもカルロスとケインが有利な状況でもフィナンシェたちに攻撃していない事実。


 先入観を捨てて客観的に見たところ、カルロスたちは敵ではないという思いが強まった。


 初めて会ったときに逃げるように立ち去ったことやその後も俺たちのまわりをうろちょろしていたこと等、二人の行動にはおかしな点もあるが、よく考えてみると二人から直に敵対の意思をぶつけられたことはない。


 筋肉ダルマは二人を睨んでいるが、状況を完璧に把握していないであろう筋肉ダルマの仲間三人はリーダーが睨んでいるからとりあえず警戒しておこうといった感じだ。


 フィナンシェにいたっては全く警戒していない。

 戦闘をしてお腹が空いてしまったのだろう。

 『食糧の保存・持ち歩きに最適』という売り文句で売られていた容器の中から切り分けられた果実を取り出しては口に運んでいる。

 その目は完全に容器の中にのみ向けられていて、カルロスたちの方など一切見ていない。

 カルロスたちのことをどう思っているのかはわからないが、少なくとも警戒はしていないように見える。


 俺だけでなくフィナンシェもカルロスたちのことをそこまで警戒していない。

 となると、やはりカルロスとケインは敵ではないのだろうか。

 いや、フィナンシェのことだ。

 ひとまず戦闘が終了したことを確認し、ご飯を食べようという考えに至っただけかもしれない。

 食欲が強すぎてカルロスたちへの警戒を忘れているなんてことはさすがにないだろう、とは思うが本当に忘れているだけだったらどうしようとも考えてしまう。

 きっと、カルロスたちと戦闘になることも考慮して英気を養っているに違いない。

 そう信じたいところである。


 テッドからは『敵なら叩き潰せばいい』という実力の伴っていない頼もしいお言葉をいただいた。

 カルロスたちが敵か味方かを考える気はないようなのでテッドに意見を求めるのは諦めた。


 そもそも、味方かどうかなんて、考えてわかるようなことではないか。


 とりあえずカルロスたちと話してみて真意を確かめてみようと思い森の中から姿を現したところで、とてつもない轟音と震動、そして眩い朱色の光が辺りを包み込んだ。


 森から出てきた俺とテッドに向けられた全ての視線が一瞬で、光の方へと注がれた。

 俺も、光の方へと目を向けた。






 目が光に慣れ、何があったのか確認できるようになるまでに数秒かかった。

 目が見えるようになったとき俺たちの目に映ったのは、目を疑いたくなるような光景だった。


 俺たちのいる位置から二~三百メートルも進めば終わる森の先に広がる草原、そしてその草原のさらに向こうに見えるいくつかの山々。

 その山のうち一つ。

 さっきまで正面にそびえていたはずの山が、なくなっていた。


 かわりに見えるのは、山があったはずの場所のさらに奥からこちらを照らしている日の光。

 山に隠れていたはずの朱色の光が俺たちまで届いていた。


 よく見ると、先ほどまで山の一部だったと思われる木や岩などの残骸が草原上にいくつも転がっていた。

 離れているためにわかりにくいが、おそらくかなりの大きさだろう。

 今は森の木々に遮られ見ることのかなわない所が多いが、森を抜けて草原を一望すれば今見えているもの以上の大きさの残骸もあるだろうことは容易に想像できた。


 そして、目を凝らすともう一つ、見えてくるものがあった。

 先ほどまで山が存在していたはずの場所、その場所の地上付近に目を向けると、日の光に照らされ光っている小さく丸い何かがあった。

 小さいとは言っても、この位置からその丸い何かがある場所まではかなりの距離がある。

 この距離であの大きさに見えるということは、おそらく二階建ての建物くらいの高さはあるだろう。

 そう思い、一体あれはなんなんだと丸い何かを注視していたら、丸い何かが動いた。

 動いたのを見ていくつか頭を駆け巡るものがあった。

 頭の中を駆け巡ったのは、シアターで観た映像、俺たちがここにいる理由、数分前までそこにあった山の姿、そして消えた山の姿。


 それらの記憶から導き出される丸い何かの正体。

 それは、スライムだった。


 高さ五メートルは超えた巨大なスライム。

 それが、消えた山の左右に隣接していた山と山の間に、いた。

 消えた山のかわりに目に入る、山々の間から漏れるようにしてこちらに届いている日の光に照らされ、動いていた。


 人魔界と違い、この世界にはデカいスライムが存在することは聞いていた。

 シアターで観たスライムもデカかった。

 だから、驚きはなかった。

 まだ距離が遠く、豆粒のようにしか見えないからか、威圧感を感じることもなかった。

 しかし、フィナンシェたちは違った。


 フィナンシェたちもスライムの姿を確認したのだろう。

 周囲を確認したとき、フィナンシェ、筋肉ダルマ、クライヴ、ジョルド、ローザさん、カルロス、ケインの七人は身体を震わせ、大量の汗をかいていた。

 もしかしてこの距離でもうすでにスライムに対する怯えとやらが発動してしまっているのだろうか。

 それを確認しておこうと思った。


「もしかして……」


 俺が声を上げた瞬間、全員がビクリと身体を大きく跳ねさせ、ジョルドとローザさんは短い悲鳴を上げながらその場にへたり込んでしまった。


 小さい頃からその怖さを聞いて育ったから怯えているのか、それともすでに嫌な感じというのを感じ取っているから怯えているのかはわからない。

 フィナンシェたちが何を感じ、何を思っているのか、俺にはわからない。


 俺は恐怖を感じていなかった。

 山が一つ消えた理由があのスライムに消し飛ばされたからだということもこの世界のスライムはドラゴンより強いということもわかっている。

 しかし、話に聞いていたときには怖いと思っていたスライムも、実際に目にすると全くといっていいほど恐怖を感じない。


 やはり、俺はおかしくなってしまったのだろうか。

 先ほどひょろ長を倒そうと思ったときに心が壊れてしまったのだろうか。


 恐怖を感じないことに不安を覚えはしたが、スライムをどうにかしないといけないいま、スライムを恐れないでいられるこの状態は好都合だった。

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