真相は……
カナタリ領領主の関係者が経営していると思しき店と、その店を偶然発見したと言っているフィナンシェ。
フィナンシェがこの店の者の正体を知っているかどうかは別として、フィナンシェがこの店に辿り着いたのは偶然か必然か。
リカルドの街はカナタリ領でも特に重要な都市であるから領主関係者がここで店をやっていたとしても何も不思議ではないが、しかし領主関係者の店がこんなにも小さくひっそりと開店しているというのはどうにも不自然な気も……というかそもそも、ここは本当に料理を提供する店なのかどうか。
ここが店だと言っていたのはフィナンシェだけだし、フィナンシェに連れられてでなければ絶対に入ることはなかったと断言できるほど店らしくない見た目をしているこの怪しい場所。
実際に料理が出てきたから疑いもしなかったが、もしかしてここは以前シフォンから聞いたことのある領主お抱えの諜報用の秘密基地とかいうやつなのではないだろうか?
あれはいつだったか……いつかの旅の夜に聞いた話だと情報を集めやすくするために酒場や商店に擬装した基地もあるというようなことを言っていたような気がするし、それにしては客が全然いないとはいえ秘密基地として考えるのであればそれも当たり前。
一応は店として誤魔化せるような見た目をしているだけで、ここが本当は店でもなんでもないのだとしたらおよそ店とは思えないような外観をしていたことにも説明がつく。
そしてもしそうなら、フィナンシェが店の者の正体を知っている可能性は限りなくゼロに近い……はず……。
テッドの感知能力の高さはフィナンシェも知るところであるし、店に入ってもう一時間以上。
フィナンシェがこの店の正体に気づいているのであれば元より俺たちを不用意にここに近づけるはずがないし、それでも俺たちをここに連れてきたのであれば俺たちにこの店の者の正体がバレてもいいと思ったから。あるいは、俺たちとこの店の者を引き合わせておく必要があると判断したからのはず。
そうでもなければテッドの感知範囲内にペンダントが置いてあるなんてことはありえない。
仮に俺たちに店の者の正体をバラしたくはないがここの料理を俺たちと一緒に食べたいと思ったのだとすれば、ペンダントをテッドの感知範囲外まで離すように事前に連絡を入れておくくらいのことはしているだろうからな。
フィナンシェがうっかりしていてテッドの感知能力とペンダントのことを忘れているという可能性もなくはないが……まぁさすがにそれはないと信じたいから、入店から一時間が経過している現時点でフィナンシェや店側に俺たちへと店の者の正体を明かすようなそぶりすら見えないということは、フィナンシェはこの店や店の者の正体には気づいていないということなのだろう。……たぶん。
と、考えたはいいものの、そもそもここが諜報用の基地だという考えがあっているのかどうか……。
《テッド。この店の外観、覚えているか? たしか看板なんかは見当たらなかったと思うんだが、テッドから見てもそうだったか? それと、店内はどうだ? 何か怪しい物は見つからないか?》
とりあえずテッドに訊いてみて怪しいところがなければただの領主ゆかりの小料理屋という可能性も……。
『店内に不審な点は見当たらないな。しかし、看板かはわからんが何も書かれていない小さな板なら扉のそばに掛けられているぞ』
《……板?》
『裏も表もまっさらな三枚の板だ』
《三枚の、板……?》
三枚……板…………。
板、板、板、板…………ひょっとするとアレか? 符丁というヤツか?
たしかに、小さな木札のようなモノが扉の横に掛かっていたような……?
《ということは、やはりここはただの店ではないということか?》
『知らん』
《いや、知らんってお前。そりゃあ、憶測だけで断言できるような質問でもなかったが、その板には何も書かれていなければ何かが彫られていたり色が塗られたりしているわけでもないんだろう? それなら…………》
――と、まだ口を動かしモノを食べているフィナンシェを見ながら店員の目を盗みテッドのいるかばんの中へ料理を流し込み続けることしばらく。
その間もテッドに質問を繰り返しながら考察を続け、フィナンシェやノエルとの会話もこなしつつ神経を研ぎ澄ませすぎだと思えるくらいに過剰に集中して店の者の動きにも気を配ったが……。
「いいお店を紹介してもらえてよかったわ。ぜひまた来たいわね」
「そうだよね! ここの味は逸品だからいつかノエルちゃんやトールたちとも食べに来られたらいいなって思ってたんだ~」
『何をしている。二人とも行ってしまったぞ』
結局、店の者が必要以上に接触してくることもなく、フィナンシェから店の者の正体を紹介されることもなく、気づけば会計も終わり、二人は店の外。
フィナンシェとノエルを追いかけ外に出るも、やはり店の者は追ってこない。
「トールたちはこのあとどうするの? 私は久しぶりにお店巡りでもしよっかなって思ってるんだけど」
「アタシは宿で魔術の研究をして過ごすことにするわ」
「俺は……俺たちもフィナンシェと大体同じだな。テッドの気が済むまで飲食店巡りだ」
ある意味飲食店巡り一店目とも呼べる店、さっきの店の真相は未だ謎の中。
ただの考えすぎだったのか、今は接触の必要なしと判断されたのか。
よくわからないが、これからはたまにあの店にも顔を出してみることにするか。
『美味だった。またあのオコノミヤキを食べに行くぞ』
まだまだ気になることがたくさんあるし、テッドもこう言っていることだしな。