安心の宴
依頼で行った三ヶ所の調査報告とそのうち二ヶ所への装置設置報告。それと、攫い屋二人に関する情報。
これらすべての報告を終え、ギルド長室への入室から退室までにかかった時間はおよそ三十分ほどだろうか?
『やっと終わったか。待ちくたびれたぞ』
ギルド長室を出た瞬間すぐに伝わってきた、テッドからの念話。
たった三十分、されど三十分。
この街での食事を心待ちにしていたテッドからすれば三十分という時間はかなり長く、退屈だったのだろう。
報告自体は滞りなく進んでいたと思ったが、今回は報告すべき内容も多かった分たしかにいつもよりも長くギルド長室に拘束されていたかもしれない。
とはいえ、その辛抱ももう終わり。
《今回は依頼も受けてないし、これ以降はすべて自由時間だからな。あとは店に行くだけだな》
今日は前回と違って街に戻って即日出立なんてことにはならずにすんだし、あとは店に行って料理が出てくるまでほんの少し待つばかり。
たとえ今日中に満足いくまで食べられなかったとしても明日も明後日もこの街にいるのだから食べる機会ならいくらでもあるという安心感もある。
俺としても、報告に時間がかかった甲斐あって攫い屋二人の情報が各国に伝達されることになったという収穫もあったし、あの二人が捕まるのも時間の問題かもしれないというだけでだいぶ心中穏やか。
報告前とは安心感が違うから、落ち着いてゆっくりと食事を味わう余裕もできている。
それに、今日はまだギルドに寄るまえに露店で買ったもので軽く腹を膨らませた程度。
適度に腹も空いていて、モノを食べるには心身ともに最高の状態。
まだ昼過ぎでもあるし、食べる時間ならたっぷりと確保できるはずだ。
「報告も終わったし、さっきもらった報酬で何かおいしいもの食べに行こうよ!」
「そうね。ひさしぶりにオコノミヤキでも食べたい気分だわ」
「じゃあ、おいしいオコノミヤキの出てくるお店に行こっか! トールたちもそこでいい?」
《テッド、オコノミヤ――》
『オコノミヤキか。悪くないな』
「…………俺たちもオコノミヤキでかまわないぞ」
「なら決まりだね! さっそく向かおっか! お店はあっちだよ!」
フィナンシェとノエルも空腹であったのか考えるまでもなく行先も決まったようだし、楽しそうに先導しているフィナンシェについていけば味についても間違いはないだろうな。
依頼を受けてから三十日近く。
やっと帰ってきたリカルドの街。
久々の打ち上げ。久々の贅沢。
「じゃあ料理もそろったところで依頼の達成とリカルドの街への帰還を祝って――乾杯!」
「「乾杯」」
フィナンシェの先導で辿り着いたこぢんまりとした店の中。
店の規模に反し大量に出てきた料理の載ったテーブルを前にフィナンシェの音頭で杯を掲げのどを潤すと、聞こえてくるのはテッドとフィナンシェの喜色に溢れた声。
『これは美味いな。これも美味い。こっちは――』
「うん、やっぱりここのオコノミヤキは最高だね!」
乾杯をしてからまだたったの一~二秒。
目に見えない速度の食事と、目に見える皿の上の減り具合。
「トールもノエルちゃんも、冷めないうちに食べた方がおいしいよ?」
おそらくフィナンシェもこの街でしか食べることのできない料理の数々を心待ちにしていたのだろうとは思うが、すでにかばんの中に料理を突っ込んでいたテッドの方はともかくとして、ほんの一~二秒前まで杯を掲げ「乾杯!」と言っていたはずのフィナンシェの前に置かれたオコノミヤキがすでに半分ほど消失しているのはどういうことなのだろうか?
テッドとフィナンシェが料理に手を付けるのが早いのはいつものこととはいえ、それにしてもフィナンシェの食の進みがいつにも増して速すぎるのだが――
「美味しい……今まで食べたオコノミヤキの中で一番舌触りが滑らかだわ」
まぁ、オコノミヤキに舌触りの良し悪しなんてあるのかという疑問は置いておくとしてもノエルが好評するくらいなのだからフィナンシェの食べ進める速度が上がってしまうくらいにこの店のオコノミヤキの味が良いということで納得できないこともないか……。
そんな魔法があるかは知らないがフィナンシェならいつのまにか食事速度を向上させてしまうような魔法を覚えていたとしても不思議ではないしな。
……というより、せっかくの宴。
今はそんなことを考えるよりも先ほどからフィナンシェたちが絶賛していて食欲をくすぐるような香りも漂わせているこのオコノミヤキや副菜の品々を食べることに集中した方がいいだろう。
とりあえず、このオコノミヤキから一口――
『おかわりだ。もっとくれ』
――――の前に、テッドにおかわりを追加してやるか。