いつかの焼き直し
夜が明けるまでしばしの休憩を挟み、夜明けとともにナラナフ森林の調査を再開。
当然、調査があるからといって攫い屋二人を放置するようなこともなく。
野営に使用したテントを片付け、周囲の地形を元に戻し、炎も消し、逃走防止のため攫い屋二人は五重の結界の中に閉じ込め、さらには移動手段でもある浮遊魔術によって二人の身体を完全にノエルの制御下に置き、森林内を探索中の陣形もフィナンシェを先頭に、続いて攫い屋二人に俺とテッド、一番後ろがノエルという基本的かつ隙のない陣形で調査を進めていた……はずなのに……。
「テッド、二人はいつ消えた?」
『わからん。気づいた時にはいなくなっていたな』
攫い屋二人にはテッドの存在が知られていないからバレないように、また、攫い屋の男のカード化理由が不明のままゆえに、もしもテッドの魔力に当てられたせいでカード化してしまっていたのだとすれば再びテッドの魔力に当てられ死なれてしまっても困るからとテッドをかばんから出していなかったのが悪かったのか、ノエルの魔術があれば大丈夫だろうと血統魔法をつかえる少女をカード化しておかなかったのがいけなかったのか。
前回と同様。
俺、テッド、ノエルの監視体制を掻い潜り、気づけばいなくなっていた二人の姿。
探索のほとんどをフィナンシェに任せ、二人と一匹による監視によって少女と男――特に、怪しげで強力な血統魔法をつかう少女からは必ず目を離さないようにしていたはずであったのに……。
「ノエル、二人にかけていた浮遊魔術は?」
「駄目ね。魔術制御のために繋げていた魔力回路が完全に断ち切られてるわ」
「私も、逃げた気配なんて感じなかったよ?」
いつ消えたのか。
どうやっていなくなったのか。
少女たちを囲んでいた五重の結界はそこに残ったまま。
俺とノエルからの監視やテッドの感知からも逃れ、フィナンシェにすら気配を感じさせないまま想像もつかないような手段を用いて結界内から抜け出しこの場から逃げ去った攫い屋二人。
テッドも気付かなかったということは、テッドなら少女の血統魔法を見破れるという話は嘘だったのか、それとも以前会ったときは血統魔法なんてつかっていなかったのか。
……いや、血統魔法に応用技がないとも聞いていないし、以前よりも力を込めて血統魔法をつかったという可能性もあるか。
というより――
「悪い。油断したつもりはなかったんだが、二人に逃げられたのは俺とテッドの責任だ」
フィナンシェは森林内の調査、ノエルは浮遊魔術と結界魔術の制御も行っていたのだから、二人の監視は俺とテッドの役目。
ノエルも一応後ろから二人を見張っていたとはいえ、二人を逃がしてしまった責は俺とテッドにある。
謝って許される失態ではないと思うが、とにかくやってしまったことに対してはしっかりと謝罪しなければ。
――と、思い謝罪したものの……。
「そっかぁ。トールとテッドでも気づけなかったなら私たちにはどうしようもないね。調査を続けよっか!」
「そうね。目の前にいても逃げられるんじゃ捕まえようがないわ。依頼を優先しましょ」
フィナンシェやノエルからのお咎めはなし。
これが経験の差なのか、二人はすでに少女と男の追跡は諦め調査の続行に思考を切り替え済みの模様。
実際、目の前にいたのに見失ってしまったような二人をこの森林の中から見つけ出すことは不可能に近いのだろうとは思う。
あの二人はこの森林をたまに隠れ家として利用しているとまで言っていたし、ただでさえ木や木にそっくりな樹木型魔物が多いこの場所で隠れることに長けた魔法をつかえる二人を探し出すのは困難に違いない、とは思うが……失態を責められないというのはどうも釈然としなくて気持ち悪い。
とはいえ、二人はもう森の調査に意識を切り替えてしまっているみたいだし、今さら話を蒸し返すのも調査の邪魔にしかならないだろうしな。
二人が気にしていないというのであればあとは自分の中でどう折り合いをつけるか。
しっかりと調査を進めながら後悔を払拭できるだけの実績を重ね、挽回できたと納得がいくまで努力を続けていくしかないのだろう。
……と、まぁ、それはそれとして。
『気にするな。しっかりと見張っていて逃げられたのだから仕方がない』
《いや、お前はもっと気にするべきだと思うぞ》
フィナンシェ、ノエルに続き発言してきたテッドのまるで他人事のようにも聞こえるテキトーな慰めの言葉と、心の底から自分には非がないとでも思っているかのようなこの態度。
いつものことといえばいつものことだが、いいかげん、テッドのこの不遜さはどうにかならないものだろうか……。