決着
遅くなりました。サブタイトル通りvsカードコレクター決着です。
俺の頭を狙って振り抜かれたひょろ長の短剣をしゃがんで回避、しゃがんだ勢いを利用して前へと全力で跳びながら攻撃の狙いを定めた。
狙うのは薙ぎ払いによってがら空きとなる脇腹。ひょろ長の右の脇腹には先ほどまでの戦いで衣服が破れ、肌が露出している箇所がある。今回はそこを狙う。
ひょろ長の短剣が俺の頭上を右から左へと抜けていくことを確認しながら、がら空きとなった脇腹目掛けて短剣を叩き込む。
肌の露出は少ない。見えていない部分には防具があるかもしれない。
そのため、短剣を両手に持ち、肌の見えている一点を正確に狙って短剣を突き出した。
両腕に、肉を裂くような手応えが伝わってくる。
よし、上手くいった!
そう思ったのも束の間、身体の前面に何かがぶつかる感触とともに謎の浮遊感に襲われた。
ひょろ長の背後にキラッと光るなにかが見えた直後、身体が凄い勢いで背後の森に向かって飛び、地面を数回転がったのち、俺は意識を失った。
トールがひょろ長――シークの脇腹に突きを繰り出す直前、シークは自身の背後に氷魔法の矢を放っていた。
その矢は地面に突き立ち、矢の突き立った地面から急速に生えた氷柱がシークの身体ごとトールを吹き飛ばした。
トールが飛ばされる直前に目にした光るなにかはシークが魔法によってつくりだした氷柱だった。
トールとテッドが氷柱に押し出されたシークを回避できなかった理由は三つ。
一つ、全く攻撃パターンの変化しないシークを見て他の攻撃手段はないと思ってしまったこと。
一つ、明らかにおかしな様子のシークを見て、まともな思考能力は失われていると思ってしまったこと。
一つ、シークに向かって跳ねた直後だったために軌道を修正することができなかったこと。
これまでにシークの放ってきた魔法は氷のつぶてを飛ばす魔法と触れたものを凍らせる冷気を撃ち出す魔法の二つだけ。
そのため、つかえる魔法はこの二つだけと判断してしまい、また、正常な精神状態でないシークの攻撃パターンが変化することはないと考えてしまった。
その思考の隙を突かれ、トールとテッドは吹き飛ばされた。
回避し続けていれば出血多量が原因で自滅するはずのシーク相手にトールが何度も攻撃を与えていた理由は、自身の目がつかえなくなる夜になる前にシークを倒そうとしていたからである。
シークの攻撃を回避し続けられているという自信からきた驕りも、氷柱を回避できなかった一因といえるかもしれない。
道の上から吹き飛ばされ、木々の間を抜け、二人絡まるような体勢で森の中の地面の上を数回跳ねたトールとシーク。
動きが停止したときには二人とも意識を失っていた。
トールと一緒に森の中へ飛ばされたトールの背負っていたかばんとトールの肩の上に乗っていたテッドは、最後にトールとシークが地面の上を跳ねた際にトールたちから離れた位置に投げ飛ばされた。
トールとシークの動きが停止して少し後、先に目を覚ましたのはシークだった。
意識がはっきりしたとき真っ先に目に入ってきたのは、俺の上に乗ったひょろ長が俺の顔に向かって短剣を振り下ろそうとしている姿だった。
それを見て呼吸が止まる。どくん、と心臓が大きく跳ねた。
状況確認。
周囲は木に囲まれている。
先ほどまでいた道の上ではない。完全に森の中。
辺りは暗い。
木々に生い茂る枝葉のせいで光が遮られ、視界が悪い。
そんななか、俺は仰向けに倒れている。
ひょろ長は俺の胸の上に乗り、両手で逆手に握った短剣を自身の頭上に振り上げている。
左腕は身体の下敷き。
動かせるのは右腕と両足のみ。
短剣が振り下ろされるまでのわずかな時間ではひょろ長を身体の上から退けることも短剣が当たらないように体勢を変えることもできない。
右手に短剣は……握られていない。
俺の短剣はひょろ長の脇腹に突き刺さっている。
短剣をつかって防ぐことはできない。
つかえそうなのは右腕のみ。
絶体絶命。
振り下ろされた短剣がひょろ長の首の高さに落ちるまでのあいだにそこまで考えることができた。
そのあと何を考え、どうしてそのような行動をしたのかは覚えていない。
気付いたときには俺の右手がなぜか顔の横にあり、その右手からはある魔法が発動されていた。
発動された魔法の名はバブルシャワー。
人魔界では子供が遊びでつかう、割れにくい泡をつくる魔法。
子供でもつかえる簡単な魔法ゆえに、威力はほぼゼロ。
そのかわり、発動までにかかる時間もほぼゼロ。
よって、ひょろ長の短剣が俺の顔に届くまえに、発動が間に合った。
俺の顔とひょろ長の間にたくさんの泡が生みだされる。
しかし、バブルシャワーの泡は指で突いたくらいでは割れないといった程度の強度しかない。
当然、短剣を止められるわけもなく、パンッという泡が割れる音が次々と耳に届く。
死の間際、一瞬だけ見出せた希望が音を立てて崩れ落ちていく。
顔と短剣の間にあった泡がほとんど割られたとき、もうダメだと思い目を閉じた。
痛みは、襲ってこなかった。
短剣は、顔に突き刺さらなかった。
かわりに鼻に、なにか硬く弾力のあるものが当たっていた。
まさかもう死後の世界とやらに来てしまったのかと思い、目を開けた。
目を開けた先は死後の世界ではなかった。
一番に目に入ってきたのは鼻の先に存在する一つの泡。
次に、その泡をへこませているひょろ長の短剣。
そして、相も変わらず不気味な顔をしたひょろ長の姿。
短剣は、泡によって止められていた。
生きている。
理解した瞬間、身体に力が入った。
右腕をひょろ長の脇腹に伸ばす。
そこに刺さっていた短剣を引き抜き、その短剣でひょろ長の左足を斬りつける。
ひょろ長の左足から力が抜けた一瞬を逃さずひょろ長の下から抜け出る。
起き上がった俺はひょろ長の背後に回るようにしてひょろ長から距離をとる。
もう一撃入れる余裕はなかった。
足を斬るくらいしかできなかったが敵からの追撃がなかったおかげでなんとか距離をとることができた。
身体に異常はない。
下敷きになっていた左腕もしっかりと動く。
ひょろ長ももうすでに立ち上がっている。
そういえばテッドはどこに行った。
肩にあるはずの感触がないことに今更ながら気づき、急いでテッドの居場所を探る。
テッドの居場所は従魔契約のつながり――パスを辿ることで簡単に見つけられる。
いた。
反応があるのは前方、ひょろ長の向こう側。
おそらく二十メートルは離れている。
《テッド、無事か?》
『無論、問題ない』
《そうか、よかった》
念話に返事がきた。
意識もしっかりしているみたいだ。
テッドが無事だったことには安心したが息をつけるような状況ではない。
はっきりいって、状況は悪い。
まだ夜にはなっていないはずだが森の木々のせいでほとんど夜と変わらない暗さだ。
どうにかしてテッドと合流しないといけない。
暗い森の中、テッドの感知と指示なしで戦うのは分が悪い。
ひょろ長もまだ少しは動けるようだし、せめてテッドの感知可能な距離、テッドから十五メートル以内の位置には誘導したい。
しかし、それをするにはひょろ長の横を通り抜けなくてはならない。
大きく回り込もうとしてもそれを許してくれる相手ではないだろう。
テッドがこちらに寄ってこれればいいがテッドの移動速度は遅い。おそらく、ひょろ長と俺がテッドの感知範囲に入る頃には俺はやられてしまっている。
やはり俺がなんとかしてテッドのそばに近寄るしかない。
頭に浮かぶのは先ほどのバブルシャワー。
おそらく、リカルドの街の結界に触れた際に思い浮かんだ、泡の表面を硬くしてみたら、という考えを無意識のうちに実現したもの。
あれをもう一度発動できれば通り抜けられる。
一か八か、やるしかない。
覚悟を決め、テッドに向かって一直線に走り出す。
その軌道上にはひょろ長もいる。
ひょろ長まであと二メートルといった距離でバブルシャワーを発動。
暗くてよくわからないがひょろ長の周囲には泡が大量に漂っているはず。
泡とひょろ長を避けるため、進路を少し右に修正しながら全力で走る。
全力で移動しているため音は隠せない。
足音が俺の居場所をひょろ長に知らせている。
そんなことは走り出す前にわかっていた。
しかし、実際に自分に近づいてくるひょろ長の足音とひょろ長の進路上にある泡が次々に弾け飛んでいく音を聞いていると心臓が握りつぶされるような感覚を受ける。
先ほどとは違い、意識的にバブルシャワーを発動した。
すべての泡を硬くしようと意識しながら発動した。
だが、成功しなかった。
泡が弾ける音もひょろ長の足音もどちらも俺に近づいてきている。
やはり、発動できなかった。
さっきひょろ長の攻撃を止めたあの泡をつくりだせれば妨害にもなっただろうが結果は失敗。
あの泡はつくりだせなかった。
泡に周囲を囲まれると鬱陶しくはあるが泡自体に動きを阻害するような力はない。
ちょっと移動しようとするだけでほとんど抵抗なく押し退けられてしまうほど力のない泡はひょろ長の足を止めさせるような障害にはなりえない。
そのため、ひょろ長はどんどんと俺に近づいてくる。
おそらく、距離はあと三十センチほど。
短剣を振られれば届いてしまうような距離。
早く走らなければ。
足止めをしないと。
ひょろ長から離れること、ひょろ長の足を止めることだけを考え、何かないかとズボンのポケットに手を突っ込んだ。
手に当たったのは、いくつかの石。
それを咄嗟に取り出し魔力を込める。
魔力を浴びた魔光石が光を発し、その光がバブルシャワーに当たり乱反射する。
視界が光に包まれ、ひょろ長の動きが一瞬止まったのがわかった。
その一瞬で、ひょろ長の横を通り抜けた。
眩い光に目をやられ前を見ることはかなわないが足は動いている。
前へと進んでいる。
一歩、二歩、三歩。
『確認した』
テッドから俺を感知したという報告が届く。
十五メートル以内に入った。
これで目が見えずとも途中で木にぶつかったりするようなことなくテッドのもとまで行ける。
そう考えたところで、さらにもう一つの反応を感知したとテッドからの報告が届いた。
俺とひょろ長の距離は四メートル程度。
しかし、ひょろ長はそのひょろ長い手足のおかげかかなりの速さで俺との距離を詰めてきているらしい。
テッドまであと三メートル。
そこで、俺はひょろ長に追いつかれた。
そして、何かを踏んだ。
踏んだ何かは、映像を投影する道具だった。
映像を記録する箱型の道具と連結することで映像を投影するこれまた箱型の道具。
かばんが飛ばされたときにここに落ちてしまったのだろう。
映像を記録する道具と投影する道具は連結されたまま落ちていた。
そして俺が踏んだことにより映像を投影される道具が起動した。
空中に光が映し出される。
映し出されたのは俺、テッド、フィナンシェが宿の一室でコマを回している映像。
時間にして十五秒ほど。短く、なんてことのない映像。
しかし、ひょろ長は投影されたテッドの映像に向けて短剣を振り始め、映像が終わる十五秒後までずっと映像を斬り続けた。
それを見て、俺の足が止まった。
正直な話、テッドの十五メートル以内に入った時点でテッドからの指示は受けられる。
テッドから三メートルの距離なら戦闘中にテッドの感知範囲外まで移動してしまうということもないだろう。
だが、また先ほどのような手で吹っ飛ばされるかもしれない。
まだ奥の手があるかもしれない。
そう考えると、どうしても戦おうなんて気にはなれなかった。
ひょろ長がカード化するまで逃げ切ろうと思っていた。
そのためにテッドと合流し、自由に逃げ回れる状態になっておきたかった。
しかし、投影されたテッドの映像に対し意味のない攻撃を続けるひょろ長を見て俺の中で何かが変わった。
逃げ回るべきじゃない。
カード化するのを待つべきじゃない。
そう思った。
なぜなのかはわからない。
こいつは俺が倒すべきだ。
俺の手で直接決着をつけるべきだ。
テッドと合流すべきじゃない。
そう思えた。
「テッド、指示はいらない」
そんな言葉が口から出た。
テッドは無言で俺の言葉に従ってくれた。
映像が終わって少し経って、ひょろ長が俺の方を向いた。
その目は相変わらず俺を見ていないような気がした。
それでも、俺とひょろ長の目が合った。
視線が交差した。
次の瞬間。
短剣を手に駆け寄ってきたひょろ長の首を、俺の短剣が切り裂いた。
ひょろ長が、カード化した。