手遅れの可能性
一晩のあいだに随分と様変わりしてしまった周囲の景色。
轟轟と燃え盛る地面。
そそりつ立つ岩の檻。
テント近くに生えた石柱に括りつけられている少女。
昨夜夕飯を食べたときには少しの草と地面がひろがっているだけの普通の平地だったはずなのに、何がどうしてこんなことになったのか。
テントのそばに立っているノエルとフィナンシェの落ち着いた様子を見るに凶悪な魔物に襲われたというわけではなさそうだが……。
「あ、トールだ。おはよう!」
「アンタも起きてきたの? 見張りはアタシだけで充分だから、もう少し寝てていいわよ」
何事もないかのように話しかけてくるフィナンシェとノエル。
二人がこれだけ平然としているということは、この岩と炎は俺にしか見えていないか、あるいはまだ夢の中なのか……。
いや、ノエルが「アンタも起きてきたの?」と言っていたということは、今の時間はノエルが見張り番で、フィンシェはこの地形変化と炎に気づいて起きてきたということか。
それでもってフィナンシェが慌てていないのだから、この状況を作り出したのはおそらくノエル。
ノエルの魔術によってこんなことになっているのであればノエルが平然としていることにもフィナンシェが慌てていないことにも容易に納得がいく。
……とはいえ、確認は必要か。
「どうしてこんなことになっているんだ?」
一見して檻かとも思ったが見方を変えれば外からの侵入を防ぐための塀にも見えるし、もし魔物からの襲撃があったのだとしたら俺ものんびりはしていられない。
といっても、ノエルが一人でも充分だと言っているのだから本当に何も問題はないのだろうが、万が一ということも――
「そのコが逃げようとしたから逃げられないようにしただけよ。気にしないでちょうだい」
「事情はわかったが……これを気にするなというのは無理がないか?」
「そんなことないわ。一流の冒険者ならこの状況でもちゃんと眠れるはずよ。それとも、アタシの魔術制御が信用できないのかしら?」
「……まぁいいか。俺からも二人に伝えることがあるから少し耳を貸してくれ」
万が一を考え備えることは悪いことではない。
そう思いつつ聞かされた言葉はえらく簡潔な説明と、軽度の威圧。
少女一人を逃がさないようにするためだけにこんなにも大がかりな魔術を使用したのかと思わないこともないが、今優先すべきは少女たちの正体を伝えること。
少女とカード化中のもう一人は攫い屋で、攫い屋は人を攫うことを生業としている者たちのことなのだからこの少女も対人戦や逃走に長けている可能性が高いし、強く警戒しておくにこしたことはない。
そう考えれば、空以外に退路のない今の状況は理想的。
少女が動ける状態になく動けたとしても逃げることが難しいこの状況であれば、少女たちの正体や処遇についてフィナンシェたちと腰を据えて話し合うことができる。
「二人は以前会った攫い屋のことを覚えているか?」
話の切り出し方としてはこんな感じでいいだろうか?
二人とも攫い屋を捕縛しいつのまにか逃げられたということは覚えているだろうし、フィナンシェにいたっては攫い屋たちの顔まで覚えているかもしれない――
「ええ。このコと、たぶんそのカードの男もそうよね」
「私もさっき思い出したんだけど、このコとその人、まえにトールを狙ってきた人たちだよね?」
――とは思ったが、まさかそこまでわかっていたとは……。
フィナンシェはさっき気づいたということだが、ノエルは一体いつから気づいていたのやら。
尋問中は攫い屋のことなんて一言も口にしていなかったから、絶対に気づいていないと思ったんだが。
「そうだ。この二人があのときの攫い屋だ。だから、逃げられないよう充分に警戒した方がいい。それと、この二人が何をしていたのかは徹底的に調べ上げた方がいい。もしかしたら中規模以上の魔物の巣の発生にも、攫い屋たちが関係しているかもしれない」
まぁ、ノエルがいつ少女たちの正体に気づいたかなんてことはどうでもいい。
今気にすべきは少女たちが攫い屋で片方のカードが俺たちの手にあって且つ少女は俺たちのことをよく知っているはずにもかかわらず俺たちに対し頑なに情報を渡そうとしないこと。
この状況で何も話そうとしないということは少女が頑固で俺たちには絶対に情報を渡さないと決めてしまっているか、少女たちは誰かからの指示で動いているだけで肝心なことは本当に何も知らないか、他にも色々と理由は考えられるが可能性として一番高いのは時間稼ぎ。
何を待っているのかは知らないがたった数時間でも時間を稼ぐことができれば少女たち攫い屋の目論見は成功し、そのあと俺たちが何をしたところでもう関係ないと少女が考えているのであれば。
そしてもし、実際にそうであった場合。
少女たちを発見してからすでに数時間。
事はもうすでに――手遅れになっているかもしれない。