忘却の合致
喉に引っかかっていた小骨がとれたかのような爽快感。
寝惚けた頭と、縛られた人と、森。
寝惚けているのが俺ではなくテッドだというところは違うが、要素だけを抜き出せば、今の状況はダララの森で攫い屋を名乗る二人を捕縛したときの状況に似ている。
「どこか見覚えのある光景だと思っていたが、あのときの光景に似ていたのか……」
小さく口から出た声は、無意識の呟き。
夜の森の中で攫い屋二人を捕えたあのときの状況と、森に潜んでいた二人のうちカード化せずに助かっていた少女を捕縛し詰問している今の状況。
この二つが近似していることに気づいたところで状況が好転するわけでもなければ何かが解決するわけでもないが、十分以上もまとわりついていた頭のモヤモヤが晴れてくれたのはありがたい。
『考え事は終わったか?』
《ああ。かなりすっきりとした気分だ》
『それはよかったな。そろそろ食事だぞ』
《だから起きてきたのか……。まぁ、食事前に気分が晴れたのはよかったな》
テッドとの念話も心なしか滑らか。
明らかに食事の方に意識が向いていて話をほとんど聞き流していそうなテッドの態度や未だ睨み合っているノエルと少女の姿も気にならないほどに晴れやかな気分。
これなら夕飯も美味しく食べられそうではあるが……森林に着いてからずっと考えごとをしていたせいか、かなり眠くもある。
《食べ終わったら俺は寝るから、何かあったら頼む》
『了承した』
できれば今夜の見張り番も俺が引き受けたかったが、さすがにこの眠気で一晩中起き続けるのは辛い。
というより、少し寝てから途中で見張り番を交代するということもできなさそうなほど熟睡してしまいそうな予感がしているし、今日は特に、少女の見張りといった重大な仕事も必要となってくる。
悪人か否か不明のうえ森林内で何をしていたのかも話さず反抗的な態度を見せている少女。
自身の名すら明かすことなくノエルと睨み合っているこの少女は何者なのか……。
わかっているのは、俺たちと言葉を交わす意思がないことと少女が怪しいということだけ。
一応、少女の仲間らしき男のカードはこちらで押さえテッドのそばに保管しているとはいえ少女の実力は未知数であるし、少女が男のカードを置いて一人逃げ出す可能性も考えれば眠い眠くないにかかわらず今日の見張りは俺ではなくノエルやフィナンシェの方が適任。
いざとなれば少女を魔力に触れさせ怯えさせるようにとテッドにも頼んだことだし、とにかくこの怪しい少女を逃がさないことが先決なのだから、どちらにせよ今日は俺が見張り番でない方が良い。
つまり、食べ終えたらもう眠ってしまってもいい。
むしろ、食べ終えたらすぐに眠ってしまった方がいいということだろう。
――と、考えている最中聞こえてきたのは、テッドからの念話。
『そうだ、一つ伝えておくべきことがある』
《なんだ?》
『先ほどこの光景がダララの森で攫い屋二人を捕縛したときの光景に似ていると言っていたが、その言葉で思い出した。そこの森林で見つけた二人、その時の攫い屋だぞ』
《……え?》
「トール、ノエルちゃん、お夕飯できたよ! その女の子も疲れてるだろうし、一旦休憩にしよ!」
そして、テッドからの念話が終了したその瞬間。
テッドの言葉をかき消すように聞こえてきた、フィナンシェの元気な声。
疲労し眠気につかまりかけていた頭はテッドの言葉よりも勢いのあるフィナンシェの声を記憶することを優先してしまい――
「あれ? トール、どうかした?」
「いま、なにか……いや、なんでもない」
「そう? じゃあ、ごはんにしよ!」
…………今、何を考えていたのだったか。
たしか、何かすごく重要なことを聞いたような気がするんだが……食べたら寝るとか、そんな感じのことを考えていたのだったか?
――直前の記憶を思い起こそうとしても上手く思い起こせず、覚えていたのは食後すぐ眠ろうと考えていたことのみ。
ゆえに――――
「まぁ、いいか」
ちょうど夕飯の準備も整ったみたいだし、さっさと食べてさっさと寝てしまおうと、そう結論づけてしまったのも仕方のないことだったのだろう。