無言の追跡
数百メートルは先。
生い茂る木々や枝葉の合間を縫うことでようやく見ることのできる森の奥。
辛うじて見えるあの場所で、いま何かが動いたような……?
「何かってなによ?」
「それはわからないが……フィナンシェ、あの辺りに何か見えないか?」
「う~ん、特になにもな……あっ、あそこの枝、不自然に折れてる! ノエルちゃん!」
「そうね。ひとまずそこに向かってみましょう」
ナラナフ森林周辺の調査を始めてから数時間。
これまで風で葉が騒めく程度の変化しか見られなかった森林に現れた、不自然な一つの枝折れ。
この森では樹木型魔物同士で争ったりはしていないようだし、そもそもこの数時間の調査の中で樹木型魔物が不自然に動き俺たちの目に留まるようなことも一度もなかった。
となると、枝が折れる原因としては強風か、あるいは森林に入り込んだ人間か魔物の仕業の可能性が高い。
そして、フィナンシェの「不自然に折れてる」という言葉。
この不自然という言葉の意味から考えるに、その折れた枝というのは強風や強風によって飛ばされてきた物に当たったせいで折れてしまったというわけではないのだろう。
つまりその枝は何者か、あるいは魔物によって折られた枝。
一応、樹木型魔物が何らかの理由で動いたときにその枝に当たって折ってしまったということも考えられるが……。
『足跡がある。人間だ』
《靴の跡か。大きさと人数は?》
『おそらく一人。この歩き方は男だな。背はお前よりも一回りは大きそうだぞ』
ノエルの浮遊魔術によって飛びながら不自然に折れているという枝へと向かい慎重に進んでいる途中、テッドから告げられた足跡情報。
《案の定、といったところだな》
その一ヶ所だけ折れているという不自然さからそうじゃないかとは思っていたが、やはり枝を折ったのは森林に入り込んだ生物。
それが人間か魔物かまでは判断がついていなかったが、状況的にその男が折ったとみて間違いないだろう。
「フィナンシェ、ノエル、靴の跡だ。靴の大きさと歩き方から、相手は俺よりも一回りは大きい男の可能性が高いらしい」
「らしいってなによ」
「俺はテッドが言っていたことをそのまま伝えただけだからな。それよりも、もうすぐ目的地だ。気をつけろ」
「うん、わかった」
「アンタこそ気をつけなさい。こんなところまで入り込んで痕跡が足跡と折れた枝が一つだけなんてその男は相当な手練れよ。自分が強いからって油断してると首をはねられるわよ」
木々を避け、周囲を細かく観察しつつゆっくり進んでいるとはいえ、折れた枝までの距離はたった数百メートル。
この時点ですでに半分くらいの距離は飛行し終えているし、かばんから出てきているテッドの魔力に怯えているせいか樹木型魔物たちからの攻撃や妨害がないことを考えると折れた枝に到着するまであと二十~三十秒といったところだろうか。
テッドの発見した足跡の持ち主が敵か否かはわからないが、もしその男がこんな森の奥まで入り込んでいたとしてほとんど何の痕跡も残さずにこの場所まで来ているのだとすれば、ノエルの言う通り相手は相当な手練れ。
軽く数十体はいた樹木型魔物からの攻撃を避け、防ぎ、あるいはそもそも自分の存在を百にも届きうる数の魔物たちすべてに気づかせることなくここまで来ているということなのだから、その実力はフィナンシェやノエルに匹敵していたとしてもおかしくない。
とにかく、もしも敵対した場合に備えて気を引き締めておいた方がいいな。
いざとなったらテッドの魔力とフィナンシェとノエルの実力でごり押すしかない。
『いたぞ。左に四本目の木の陰、二人だ』
《二人? 一人じゃないのか?》
『一人は背負われている』
《足跡がなかったから気づけなかったってことか》
特に苦労することもなく辿り着いた、不自然に叩き折られたような見た目をしている枝の前。
そこに辿り着き誰も一言も発することなく空中で静かに静止すると同時、テッドから告げられた相手は二人という情報と二人は左に向かって四本目の木の裏に隠れているという情報。
それらの情報を二人の隠れている木を指差し、指を二本立てることでできるだけ音を立てることなくフィナンシェとノエルにも伝えると、二人からも即座に頷きという形で返事が戻ってくる。
しかし、相手の居場所が判明したとはいえすぐには動けない。
《相手の居場所と人数は判明したが……問題はこのあとどうするかだな》
ここまで来て二人に接触しないという選択肢はないとはいえ、身を隠している者たちを相手にどうやって接触すべきか。
接触の仕方を誤れば即戦闘に発展してしまう可能性もなくはない。
……相手は何者なのか。何の目的でここにいるのか。どうして木の陰に隠れているのか。
とりあえず、この三つぐらいは知っておきたいんだが……どう訊ねれば穏便にこれを聞き出せるのだろうか?