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回避と落ち着き

 金属のぶつかり合う音がやけに大きく耳に響く。

 息は上がり、呼吸の間隔が短い。

 鼓動も早い。

 心音が耳まで届く。

 身体が熱い。


 目の前で振り回され続ける短剣。

 時折繰り出される氷魔法。

 それらを右手に持つ短剣で防ぎ、避けながら左手から魔法を放つ。

 攻撃を防ぐたびに短剣から右腕に伝わってくる鈍い感覚に手が痺れる。


 ギリギリだ。

 全ての攻撃を防ぎ、かわしているがすべてがギリギリ。

 少しでも気を抜いたら一瞬でやられる。


 放った魔法はすべて外れている。

 魔力を集中させた瞬間にそれを察知され魔法を放つ前には避けられている。

 しかしそれでいい。

 俺の魔法はもともと攻撃につかえるだけの威力はない。

 ちょっと水を出したり一瞬だけ火をつくる程度の魔法でひょろ長の攻撃の手が少しでも緩むなら上出来だ。

 今まで培ってきた回避能力と、魔法によってひょろ長の動きが緩む一瞬の間。

 その二つのおかげでなんとか生き永らえている。


 至近距離で剣を結び合っているひょろ長の顔は依然として不気味なまま。

 なんの感情もないような表情で淡々と短剣を振り続けている。

 その顔や動作からは気負いも、恐怖も、生気すらも感じられない。

 こちらを見ているのかすらわからない。

 何も映していないような目をしながらひたすらに短剣を振り回してくる。


 ひょろ長と目が合ったあの一瞬、その一瞬で距離を詰め、攻撃し始めてきてからずっとこんな調子だ。

 先ほどまでテッドに怯え、喚き、暴れていた姿からは想像もできないほど静か。

 テッドがかばんから出てきても俺たちから距離をとろうともしない。

 俺の肩にテッドが乗っていることなんて気づいてないとでもいうように、構うことなく攻めたててくる。

 逃げ切る自信はない。

 テッドに対する怯えも発動しない。

 残された道は戦うことのみ。

 完全な実力勝負。


 俺とひょろ長なら、ひょろ長の方が実力は上だろう。


 今やっているように回避にだけ専念すれば攻撃は食らわない。

 しかし、ひょろ長を倒すこともできない。


 今のひょろ長に体力切れを期待するのは難しい。

 足が折れれば歩けなくなるだろうし腕を怪我すれば剣を振れなくなるだろうが、逆に言えばそういった事態にでもならない限り攻撃は止みそうにない。

 自分が動けなくなるまでいつまでも攻撃してきそうな不気味な迫力がいまのひょろ長にはある。

 そしてひょろ長を攻撃する余裕は今の俺にはない。


 周囲も闇に包まれてきた。

 空はまだうっすらと朱を残しているが上方はすでに黒く染まっている。

 夜になるまで幾ばくもない。


 夜になると不利になる。


 テッドの感知と指示があれば暗い中でもひょろ長の位置はわかる。

 ひょろ長の行動もわかる。

 しかし、テッドの指示は大雑把だ。

 俺の身体のどの部位が狙われていて、どの方向に避ければいいのかは教えてくれるがそれだけだ。

 人魔界にいた頃は魔物が相手だったからその指示で十分だったが今回は人間が相手。

 多彩な攻撃を仕掛けてくる人間相手ではテッドの指示は不十分であるとひょろ長と剣を交えたわずかな時間で悟った。


 今はテッドからの指示と目視を用いてなんとかひょろ長の攻撃を回避できている状態。

 いくつかの攻撃は回避しきれず短剣で防ぐはめになっている。

 夜になって俺の目がつかえなくなるとテッドの指示だけでひょろ長の攻撃を凌がなくてはいけなくなるが、テッドの指示だけだと回避しきれなかった攻撃を防ぐことは難しい。

 もし避けきれないタイミングで突きでも繰り出されたら確実に防ぎきれない。


 魔光石をつかえば視界は確保できるが俺は攻撃を避けながらひょろ長に放つ魔法を制御するのに精一杯で魔光石に魔力を注ぐ余裕がない。

 テッドには感知と指示に集中してもらわないといけないためテッドに魔光石を使わせることもできない。

 よって、暗くなってしまうとテッド頼みにならざるをえない。


 今のひょろ長は異常な状態だ。

 おそらく、夜になって視界が悪くなったとしても無鉄砲に短剣を振りまわし続けるだろう。

 あるいは、俺たちの気配をたどって的確に攻撃してくる可能性もある。

 とにかく、完全に夜になってしまう前に倒さないとまずいことになる。


 そう思いはするが攻撃を避けるのに全神経を集中させているため攻撃ができない。

 なんとかしてひょろ長の動きを止められればいいのだが今のひょろ長は一心不乱に短剣を振り続けている。

 おそらく、短剣を振る以外のことにひょろ長の意識が向くことはない。

 そして、意識をそらせないとなると実力で劣っている俺とテッドにひょろ長の動きを止める手段はない。


 しかし意外と冷静でいられている。

 時間制限ができてしまったこととその時間切れまでもう時間がないという状況にもっと焦るかと思ったが、そのことを考えれば考えるほど逆に段々と落ち着いていく。

 心音は小さくなり、鼓動も大人しくなってきた。

 音が大きく聞こえることもなくなり呼吸は安定している。

 緊張や不安からくる興奮状態は収まったようだ。

 身体からは余計な力が抜け、数十秒前までと比べて楽に攻撃を回避できる。


 視野も広くなった。

 ひょろ長の姿以外ほとんど見えなかった先ほどまでと違って周囲の森の木々や道、空の色までもしっかりと見ることができる。

 かといってひょろ長の姿が周囲の光景に紛れてしまうといったことはなく、むしろひょろ長の動きははっきりくっきりと見え、先ほどよりもひょろ長の動きに集中できている気がする。

 全体が見通せるようになったことで、ひょろ長が次にどこへ足を運ぶのか、それに対し自分はどこに身体をもっていけばいいのかがわかるようにもなってきた。

 よく見るとひょろ長の動きはかなり雑だ。

 動きに規則性がないため避けるのに手間取ってはいたが心と身体が落ち着いてきた今なら見える。

 必死に回避し続けることでひょろ長の動きに慣れたというのもあるだろうが、今ならひょろ長の次の動きを予想することができる。

 肩、胴、足、首、腕……予想通りの場所を通り過ぎていく攻撃をかわしながら、いけると思った。

 今のこの集中状態なら攻撃を完璧にかわしながらひょろ長に攻撃を入れられると思った。


 狙ったのは、ひょろ長が腕を振り下ろしてきたとき。

 振り下ろしてきた右腕に向かって手首から腋までをなぞるように短剣を滑らせた。

 手応えはあった。

 ひょろ長の腕を覆っている袖の下には防具でも身に着けていたのか、攻撃が防がれるような感触はあったが、それでもひじや腋などの関節部に傷をつけたという手応えはあった。

 事実、ひょろ長の腕からは血が滴り落ちている。


 しかし、ひょろ長の攻撃は止まらない。

 武器を左手に持ち替えるでもなく、治療をするでもなく、傷ついた右腕でなおも攻撃を続けてきた。


 目に見えていた状態通り、やはりひょろ長の精神状態はおかしくなっている。

 そう判断しつつ傷をつけたばかりの右腕から繰り出される一撃を冷静に対処する。

 そして、二撃、三撃、四撃……と回数を重ねていくごとに段々とひょろ長の腕は血に染まり、腕を振るうたびに飛び散る血の量も増えていった。

 そのあいだも、決して無茶はせず、いけそうだと思った時だけひょろ長を攻撃し、着実に傷をつけていった。

 一撃でカード化させられるような致命傷を与えることはできなかったがそれで十分だった。

 いくら傷をつけても動きを鈍らせないひょろ長ではあったがひょろ長も人間。

 飛び散った血の量を見れば限界が近いことはわかった。

 ひょろ長もそのことがわかっていたのだろう。

 俺が何度目かの攻撃を行った瞬間――


 ――ひょろ長は、最期の賭けに出た。

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