後悔の残り香
見張りを終え、テントを片付けすぐにガラガ湖を後にして、朝食を食べながらの高速移動。
フィナンシェやノエルは慣れているのか早朝から馬を走らせながら食事をとるという行為を普通に行い、俺の方も馬に引っ張られながら浮遊するという移動法に慣れてきたおかげか最近は腕がしびれるようなこともなく、縄で繋がれ馬に引っ張られているメルロを片腕で掴みながらもう片方の手でかばんから食べ物を取り出し自分の口へと入れていく。
『慣れたものだな』
《そうだな。この移動法を初めて試したときは馬の速度に引っ張られるメルロを放さないように掴んでいるだけでも大変だったが、案外慣れるもんだな。三十分くらいなら片腕を放していても大丈夫そうだ》
この移動法のおかげで筋肉が鍛えられたのか、最初は引っ張られる力に負けて悲鳴を上げていた腕や肩や脇腹なんかも今はもうほとんど痛まないし、力がついてきたおかげで人魔界のモノよりも重いこの世界の剣も楽々と振れるようになってきた。
もともとは馬に乗って移動したくないがために考えた移動方法だっただけにこの結果は完全に予想外ではあったが、ほとんど上半身だけとはいえ移動をしているだけで身体が鍛えられるというこの副次効果はかなり嬉しく有難い。
《……というか、慣れていなかったら連日の見張り番なんてできないしな》
『それもそうだな』
この移動法に慣れたことによって今一番助かっていることはやはり連日見張り番を引き受けても眠気に悩まされずに済んでいるということ。
メルロを掴み身体が引っ張られている状態でも腕や肩なんかが痛むことがなくなったからこそ、浮遊魔術での移動中にぐっすりと眠ることができているのだからな。
ノエルの結界魔術がいかに優秀とはいえ野営中の夜間の見張り番は絶対に必要だし、もしいまみたいに移動中に休むことができない状態だったのならば馬にも乗れず浮遊魔術もつかえず索敵や戦闘でも対して活躍できない俺は本格的にこのパーティのお荷物になっていたことだろう。
今のところも野営準備に片付けと食器等に浄化魔法をかけ綺麗にすること以外はほとんど安全の約束された結界内で一晩中見張りをするくらいのことしかできていないからあまり役に立っているとは言えないが、それでも二人やテッドの休養時間を確保する手助けくらいはできているのだから全く力になれていないということもないはずだ。
《まぁ、見張りをしているといっても日中に寝て夜起きてるだけだから睡眠時間的にはまったく負担がないし活動量的にもフィナンシェたちに遠く及ばないというのが心苦しいが……》
『他にできることがないのだから仕方ない。何もしないよりはマシだ』
能力も経験も劣っている俺が二人のように活躍できないのは当たり前。
今日できなかったことが明日急にできるようになるなんてこともないのだから、テッドの言うように自分なりにできることを精一杯頑張るしかない。
《とりあえず俺は今から寝るから、何かあったら起こしてくれ》
自分なりにできることを精一杯……そして、朝食も食べ終えてしまったいま俺にできることといえば夜の見張りで疲れた身体を癒すことだけ。
今日は夜までには山向こうの町に辿り着く予定だから夜の見張りに備える必要はなくまだ寝るには早い時間のような気もするが、この先何が起こるかわからないのだから休めるときに休んでおいた方がいい。
……というより、満腹になったせいか眠気がひどいし、万が一町まで辿り着けずに野営するハメになった場合に備えさっさと寝てしまおう。
…………あ……テッドにかばんの中の物を食べすぎるなと言うのを忘れ……まぁ、いいか……俺の分の食料も入ってるなんてこと、わざわざ言わなくともわかっていることだろう……それに、もう……意識が…………。
――寝て起きたらかばんの中の食料がすべてなくなっていたあの日から四日。
その日の分の食料をテッドに食べ尽くされ空腹に耐えることになってしまったことを受け、たとえどんなに眠かったとしても伝えるべきことはしっかりと伝えてから寝ようと決めたのも記憶に新しい……はずだったのだが……。
《テッド、俺の分は?》
『残ってないぞ』
今日は昼過ぎには大きな町に着き食料を大量に補充できるからと、残っていた食料のほとんどをつかって盛大にふるまわれたらしい今朝の食事。
……しかし悲しいかな、残っているのは綺麗に平らげられたあとの食器と美味しそうな香りのみ。肝心の食料は一つもない。
《食べたのか?》
『美味かったぞ』
罪悪感の一つも感じていないのか、さらりと言ってのけるテッドの声。
一時間ほどまえにフィナンシェが起き出したのを見て、今日の見張りはもう終わりかと思い仮眠してしまったのがいけなかったのだろう。
仮眠から覚めてすぐフィナンシェから豪勢な朝食のことを聞き「トールの分もちゃんと残してあるから安心して!」と笑顔で言われてやってきたテントの外。
そこで待っていた、空の食器とテッドの姿。
せめて、目が覚めたあとにフィナンシェから朝食を期待してしまうようなことを言われていなければ。
あるいは、テントを出た瞬間にスッと鼻を刺激してきたこの美味しそうな香りがこの場に残ってさえいなければ……。
そうすれば、ここまで空腹をくすぐられ、辛い思いをすることもなかっただろうに。
「言いたいことがあるなら言ってから寝るとかそんなことを考えるまえにまずは食料を食い尽くしてしまったことをきちんと叱って、最低でも俺の分は残しておくようにとしっかり言い含めておくべきだったな……」
四日前は朝食後から夕飯までの十二時間を我慢すればよかったのに対し、今日は昨夜の夕飯後から今日の昼過ぎまでの、おそらく約十八時間前後の我慢。
さらに、一応少しは食料が残っているとも思うがたとえ残っていたとしてもそれはあくまでも非常用。
残念なことに、昼過ぎまでの我慢だとわかっていれば非常用に手を付けるほどの腹の減り具合ではない。
とはいえ、食料が残っていると知っているのにそれを食べられないというのは……中々にきついものがあるな……。
「はぁ」
『どうかしたか?』
《……腹が減ってるんだ。お前は反省しろ》
『……?』
こんな気持ちを味わうのはいつぶりだろうか?
今日はかなり久しぶりに、ひもじい思いをすることになりそうだな……。