二百の積み重ね
時限式映像記録装置を設置する理由は上位種誕生の原因を探るため。
たしか、中規模以上の魔物の巣が形成されるためには魔物たちをとりまとめる上位種の存在が必要不可欠で、そのうえ上位種が誕生することは滅多にないことからいくら人が近づかないとはいえ同時期に何ヶ所もの場所で中規模以上の魔物の巣が発見されるのはおかしいとかなんとか……うろ覚えだが、そんな感じのことをギルド長が言っていたような気がするな。
「さ、行くわよ」
「うん! とりあえず行ってみないとね!」
「そうだな」
とにかく、もしフィナンシェが指し示した場所に中規模以上の魔物の巣があるようならドルブのおっちゃんから教わった通りにこの時限式映像記録装置を設置するのが俺たちの役目。
説明を聞いても仕組みはよく理解できなかったがこの装置は時計の機巧を組み込むことによって従来の映像記録装置よりも効率よく、より長時間の記録が可能となっているらしいし、これを設置することで何かがわかるかもしれないというのなら俺たちはただ与えられた役目をしっかりとこなせばいい。
……とはいっても、足元が凸凹だらけの岩場では浮遊魔術をつかって移動した方が速いから移動はすべてノエル任せだしな。
浮遊魔術を制御できない俺としては目的地に到着するまでは魔物からの襲撃を警戒するくらいしかやれることはないか。
《テッド、警戒を怠らないようにな》
『我がそんな失態を演じると思うか?』
《怠らないならいい。異変があったらすぐに教えてくれ》
ひとまずテッドにも警戒に力を入れるよう伝えたしこれでよし。
あとは見逃しがないように俺の方でもしっかりと気を配っておけば何も問題はないだろう。
岩陰なんかからの不意打ちにさえ気をつければ反応が間に合わずに負傷するなんて事態にはならないはずだ…………。
「でも、ドルブさんもよくこの短期間で時計の仕組みを映像記録装置に組み込めたよね。科学魔法道具の開発改良って結構な手間と時間がかかるって聞いてたんだけどドルブさんがトールの時計を調べてからまだ一年も経ってないよね?」
移動をノエルに任せているぶん警戒だけでも頑張ろうと視線を忙しなく動かし始めてしばらく。
三人横並びになりノエルの浮遊魔術で岩山らしき場所を目指し飛行している最中、感心したような口調でフィナンシェがそんなことを言ってくる。
しかし、俺はモノづくりには詳しくないからな。
どこに感心する要素があるのかはよくわからない。
フィナンシェの言う通りたしかにまだあれから一年も経っていないと思うが、物を一つ創るだけでそんなにも時間を必要とするものなのだろうか?
時限式映像記録装置は元々存在していた映像記録装置に時計を応用した機巧を付け足しただけの物であるし、開発に着手してから数日もあれば完成しそうに思えるんだが。
《なぁ、テッド。物を創るにはどれだけの時間が必要になるんだ?》
『知らん。モノによるのではないか?』
《それは……そうかもしれないな。ということは、この装置がたまたま短い時間でも完成に至る品だったというだけのことか。だから完成が早かったのだろう》
とはいえ、科学魔法道具は科学と魔法を合わせ力を発揮する特殊な道具でもあるし、普通は完成までに一年以上かかるのではないかというフィナンシェの言も間違ってはいないのだろう。
それに、思い返してみるとおっちゃんに一度懐中時計を預け返してもらってから結構な日数が経っているような気もする。
「おっちゃんに懐中時計を預けたのはシフォンと出会ってすぐの頃だったから……」
『大体二百日ほど前だな』
「あれからもう二百日は経っているのか」
おっちゃんに懐中時計を預け、おっちゃんが時計の製作に取り掛かってから二百日……それなら、この装置が新たに創られていたとしても疑問に思うほどではないな。
二百日もの時間があったのであれば時計を完成させさらに映像記録装置に時計の機巧を応用した仕掛けを組み込むことに成功していても不思議ではない。
なぜ映像記録装置と時計を組み合わせようとしたのかは謎だが、そういった発想ができるか否かが俺たちと職人との違いなのだろう。
とにかく、おっちゃんはこの二百日前後の時間で時計を完成させ、さらにはその時計の機巧を応用して新たな科学魔法道具の製作にも成功した。
これが事実であり、頭の中で整理してみた感じおかしな点など一つもない。
もしこれでもまだ完成までの日数が少なすぎるというのであれば、それはおっちゃんや工房の職人たちの腕や才能、努力が完成を早めるほどに凄まじかったということなのだろう。
って、ああ、なるほど。だからさっきフィナンシェは感心したような口調だったのか。
どうやらあれは、おっちゃんたちの技量の高さに対する関心だったらしいな。
「おっちゃんたちの腕の良さと頑張りもあるだろうが、二百日も経っていれば新しい物の一つや二つできていて当然ではないか?」
とりあえず、思ったことを言ってみる。
……が、しかしそれでもといった感じなのだろうか。
「う~ん、二百日でも早いように思うけど、でも、そっか。あれからもう二百日も経ってたんだ。それなら――」
まるでそんなに経過していたとは思わなかったとでもいうようにしみじみと呟くフィナンシェ。
実際には『大体二百日ほど』とテッドは言っていたし、もっと経過していたり逆にそんなには経過していなかったりという可能性もあるが、そんなものはまぁ誤差の範囲だろう。
……などと考えているあいだにも刻々と変わっていく状況。
それなら、のあとに続くはずだった言葉は何だったのか。
「――あ! やっぱりあるよ、魔物の巣!」
調査を頼まれた三ヶ所のうち一ヶ所目から、いきなり当たりを引いてしまったらしい。