依頼の受諾とちょろ魔術師
目の前に置かれた三枚の地図と各地図に一ヶ所ずつ書かれている印のようなもの、それとツマミのついた三つの四角い箱から推測するに、この三ヶ所の印の地点にこの箱を送り届けろというのが俺たちへの頼みごとなのだろう。
「お前達以外に頼めるヤツがいないんだ。報酬も弾む。引き受けてくれないか?」
ギルド長のこの真剣な物言いからしてかなり重大な仕事だということも窺える。
つまり、その三ヶ所にこの箱を届けられなければ何か厄介なことになるということなのだろう。
俺たち以外に頼めるヤツがいないという部分にそこはかとない不安は感じられるが、この箱を届ける必要があるというのならば依頼を受けることはやぶさかではない。
ただ……この箱は何なのだろうか?
見た目としては以前テッドたちとコマで遊んでいる映像をおさめその後ずっとこの冒険者ギルドに預けているこの街名産の映像記録装置に似ているが、あの装置にはこんなツマミのようなものはつけられていなかった。
ただの飾りには見えないし、この側面につけられている丸いツマミはいったい……?
《テッド、この箱が何かわかるか? パッと見、この街で売られている映像記録装置のようにも見えるんだが……》
『気になるのか?』
《ああ。個人的にな》
依頼される側が届け物の詳細を知っておく必要はないとはいえおそらくはこの箱もこの科学魔法都市ならではの品なのだろうから何か面白い機能が隠されているのだろうし、個人的にはこれが何なのかしっかりと知っておきたい。
科学魔法都市ならではの品が並ぶ科学魔法屋でも見た記憶がないから店で売ることができないようなかなり希少な品か、あるいは驚くような機能を秘めた品なのだろうしな。
魔法玉や映像記録装置のような便利で面白い科学魔法道具のことを知っていれば、この箱に興味を持つなという方が無理な話だ。
《それで、これは科学魔法道具なのか?》
『そうだな。間違いなく科学と魔法を融合させた道具だ』
《やっぱりか》
ということはやはり、この箱には何か驚くような力が秘められているのだろう。
……とはいえ、科学魔法道具は俺たちの生まれた人魔界には存在すらしていなかった物。
いくら物の内部構造を見通すことのできるテッドでも科学と魔法の融合によって生じる効果まではまだ把握しきれていないようだし、この箱の機能を推察することは難しいだろうか?
――と、思った直後。
『時計をつけた映像記録装置だな』
意外にも、テッドからこの箱の正体が語られる。
《時計つきの映像記録装置?》
『正確には時計の機構を組み込んだ映像記録装置といったところか。箱の側面に付けられた丸い物体の内部に時計を応用してつくられた仕掛けが入っている』
時計の機構を応用してつくられた仕掛けつきの映像記録装置……。
そこまでわかっただけでも上出来といえば上出来だが、これだけではまだこの箱の機能を予想することができない。
《この箱で何ができるかはわかるか?》
『そこまではわからん』
まぁ、そうだよな。
科学魔法道具は必要量の魔力を注がれなければ効果を発揮しないし正確な機能を見ることもできない。
現状ではこれが限界だろう。
《そうか。ありがとう、充分だ》
そもそも説明する気があるのかもわからないが、少なくともギルド長は俺たちが首を縦に振らない限りこの箱の説明をする気はないみたいだし、俺の興味を抜きにしてもできればこの箱の詳細な情報を把握しておきたかったんだが……とりあえずこの箱自体が危険なものでないとわかっただけでも充分か。
元が映像記録装置でそこに時計の機構を応用した仕掛けを取り付けただけというのなら危険な機能は持ってないだろうし、ギルド長やおっちゃんたちの知らぬ間にこの箱に細工がされているこということもなさそうだからな。
これなら安心して依頼を受けることができる。
「わかった。これをここに届ければいいんだな?」
「トールがやるなら、私も手伝うよ! ノエルちゃんも一緒にやろうね!」
「さっきも言ったでしょ。アタシはやらないわよ」
俺たちとギルド長たち。両者が沈黙していたのはどれくらいの時間だったのか。
ノエルは協力してくれる気がないみたいだが最悪フィナンシェは協力してくれると言ってくれている。
そして、フィナンシェが協力してくれるのであれば何も問題はないだろうとそう判断を下し神妙な面持ちでこちらの返事を待っているギルド長に承諾と返答を告げ、フィナンシェがそれに追従するとギルド長の顔が一変。
「おお、やってくれるか! ただ、勘違いをしているようだから一つ訂正させてくれ。この仕事はこれをここに『届ける』んじゃなくこれをここに『運んで設置する』だ。お前達にはこの三つの道具をそれぞれこの三ヶ所に運び設置するという仕事を任せたい」
よほど難しく重要な仕事なのか一瞬だけ安堵したような笑顔を浮かべ一度大きく声を張ったあと、声量を抑え真剣な顔つきで仕事の説明を始めるギルド長。
さらに――
「この道具の設置には膨大な魔力が必要となる。できれば、優秀な魔術師が同行してくれると助かるんだが」
説明の合間、明らかにノエルに向けて発せられた言葉にノエルの耳がピクリと反応したのを見逃さなかったのだろう。
その後も、魔法が、魔術が、魔術師がと、説明の途中おおげさにならない程度に「優秀」や「腕のいい」といった褒め言葉を交えられた会話が続き、そのたびにノエルの耳がピクピクと動き反応を示し……ギルド長の説得の甲斐あってかついに、「わかったわ!」と折れたにしてはやけに元気な声と態度でノエルが意見を反転。
「仕方ないわね! このアタシが完璧にこの仕事を遂行してあげるわ!!」
ギルド長やドルブのおっちゃんからの仕事の内容や道具の設置方法の説明が終了しギルド長室を後にする頃には、ノエルのことが心配になるほど簡単にノエルも仕事に同行することになっていた。