豹変
帰宅後、眠気に負けてちょっと寝ちゃったせいで投稿遅れました。すみません。
ひょろ長の放ってきた氷魔法を避けるため右に跳ぶ。
話の途中から魔法を発動させようとしている気配を感じていたため難なく避けることができた。
しかし、初撃が避けられることはひょろ長も承知の上だ。
魔法の発動とともにこちらへと駆けだしたひょろ長は六つのボールを手に持っている。
「くらえ! 魔法玉六発だ!」
ひょろ長の両手から投げ出されたボールは魔力を込めるだけで魔法を発動できるボール。
発動する魔法の属性はボールの色を見ればわかる。
ひょろ長が投げてきたボールの色はすべて茶色。茶色のボールには土魔法が封じられている。
投げられてすぐに魔法が発動する。
飛んできた魔法は人間の頭ほどの大きさをした土の塊六つ。
それぞれ別の方向へと飛ぶ土塊を避けたときにはひょろ長は新たに六つのボールを手にしていた。
色はすべて青。
今度は水魔法が飛んでくる。
そう判断しながら全力で右に走る。
右に行けば木々が立ち並んでいる。
そこに逃げ込めば木を盾にでき、相手から身を隠すこともできる。
テッドの感知は木の存在に左右されない。
こちらは相手の位置と行動を常に把握した状態で戦える。
ゆえに、木を目隠しとして利用すれば視覚頼りのひょろ長に対し優位に立てる。
《テッド、感知と指示頼むぞ》
『任せておけ』
テッドの感知に頼った索敵や回避は数えられないほど行ってきた。
それこそ、このくらいの森なら目を閉じていても走り抜けられるくらいにはテッドと俺の連携は完成している。
森の中に入ってしまえばこっちのもんだ。
そう考えた俺の前に水の壁が立ち塞がった。
さらにその壁がひょろ長の氷魔法によって氷の壁へと変化する。
やられた。
そう思った。
ひょろ長に思考を読まれてしまった。
そう思い、ひょろ長に視線を向けると気持ちの悪いにやけ顔が目に入った。
水の魔法玉を投げた位置で立ち止まり、にやにやしながらこちらを見ていた。
「チッ」
思わず舌打ちが出てしまう。
失敗した。
ひょろ長は俺が攻撃することはないと思っている。
だからこそ、俺の次の行動は森の木々を利用したひょろ長の攻撃の回避・逃走だと考え、逃げ道を塞ぎにきた。
俺の前に長い水の壁ができるよう上手くボールを投げ、できた壁を氷魔法で凍らせてきた。
目の前の壁を見る。
六つの水魔法によって形成されたはずの氷の壁が綺麗に一つの壁となってしまっている。
水の壁六つがたった一発の氷魔法によって凍らされたことから隙間などがないことはわかっていたが、多少前後にズレているということもない。
とっかかりも何もない、俺の正面の位置を中心に左右に三~四メートルずつはある長い壁。
俺にはこの氷の壁を壊したり溶かしたりするような力はない。
せめて少しでも壁が前後にズレていてくれればそこをとっかかりにして飛び越えることもできたが、こうも綺麗に並べられてしまうと打つ手がない。
以前、科学魔法屋で手に持ったことのあるボール。
あのボールの名前は憶えていなかったが、ひょろ長はさっき魔法玉とか呼んでいたな。
魔法玉とひょろ長のコントロール、中々に厄介だ。
「逃げようとしても無駄だよ。君たちの逃げ道を塞ぐ手段なんていくらでもあるんだから」
楽しそうに笑いながら新たな魔法玉を投げてくるひょろ長。
その魔法玉から発動された水の壁と魔法玉を投げた直後にひょろ長の放った氷魔法によって背後にも壁ができる。
逃げ道が塞がれた。
これで進めるのは左か正面のみ。
もし左側の木々の中に逃げ込もうとしてもおそらく俺たちが木々に辿り着く前にまた壁がつくられる。
しかし、もしもひょろ長が左側に氷の壁をつくろうとしているのなら今がチャンス。
ひょろ長がこれから手にするだろう魔法玉から発動される魔法は殺傷力の低い水の壁六つのはず。
反撃がくるとしても氷魔法が一発。
チャンスだ、いけ!
一瞬でそう考え、俺はひょろ長に向かって走り出した。
俺の行動を見て焦るひょろ長。
その両手に見えるのは青色の魔法玉のみ。
予想通り!
短剣をしっかりと握りしめひょろ長の首に狙いを定める。
ひょろ長が焦りから復活しないうちに近づき、すれ違いざまに斬る。
それで勝負は決まるはずだった。
だが、決まらなかった。
「ひっ、うわぁああああああ!!」
俺とひょろ長の距離がある程度近づいた瞬間、ひょろ長が目を見開き、身体を震わせ、急に逃げ出した。
ひょろ長までは残り三メートルといったところだった。
その距離は、ちょうどテッドに対する怯えが発動する距離だった。
やってしまった。
そんな感情に思考が埋め尽くされた。
この世界に来てから一切戦闘をしてこなかったことの弊害だ。
敵の攻撃を避けるときは俺たちに有利に働いていた怯えだったが、敵に攻撃する際には壁となって立ちはだかってしまった。
文字通り、壁。
テッドから三メートルの距離に存在する障壁に押し出されるようにしてひょろ長が逃げてしまった。
テッドを肩に乗っけた状態で敵に近づくと敵が逃げる。
少し考えればわかることだったのにそんな簡単なことにも気づいていなかった。
首を攻撃すれば勝てると思って他のことには考えが及ばなかった。
この世界に来てから一度も、攻撃の意思を持って敵に近づいたことがなかったから気づけなかった。
思い浮かんできた言い訳を頭をふって振り払う。
ひょろ長を仕留める絶好の機会を逃した。
それは事実だ。
しかし、ひょろ長が逃げてくれたおかげで森に入ることができた。
このまま木々の間を縫うように移動し、震えた状態で道の端に生えている木にもたれかかっているひょろ長を討つ。
テッドはもうかばんの中に隠れている。
このかばんの効果はテッドの魔力を一切外に逃がさない、というものではない。
かばんによって遮られるのはテッドに対する怯えのみ。
かばんの中に入っていてもテッドの感知能力は健在だ。
だから、テッドにはかばんに入った状態で敵の動きを感知してもらい、テッドからの報告や指示を受けた俺がひょろ長に近づき討つ。
そういった作戦を立て、行動を開始した。
作戦は途中までは順調だった。
テッドと俺の完璧な連携によって、ひょろ長のもたれかかっている木のすぐ後ろまでは行くことができた。
ひょろ長は怯えながら周囲を警戒していたが、それでも俺たちの位置を捉えることはなかった。
だが、ひょろ長を討とうと木の陰から出たタイミングで飛んできた一発の水魔法のせいですべてが狂ってしまった。
水魔法を放ったのはフィナンシェや筋肉ダルマたちと戦っている敵。
戦いの最中に放った魔法が偶然こちらに飛んできたのか、それとも俺がそこにいることを知っていて攻撃してきたのかはわからない。
俺も驚き肝を冷やしはしたが音を立てるような真似はしなかった。
しかし、ひょろ長は水魔法の飛んでいく先を目で追っていた。
当然、俺とひょろ長の視線が交差した。
ひょろ長に俺の存在がバレたとき、俺のいた位置はひょろ長のほぼ真横。
あとは腕を振るだけで倒せる。そう思い、とっさに動かした俺の短剣はひょろ長の肩をかすっただけにとどまった。
ひょろ長は俺の攻撃を避け損なったが肩を少し切っただけ。
しかし、そのほんの少しの傷によってひょろ長は壊れ、狂った。
ひょろ長が次にとった行動は魔法玉の乱れ投げ。
俺を攻撃しようとしているわけでもなく、何か狙いがあるわけでもなく、ただただ周囲に適当に魔法玉を投げまくった。
水、土、氷、雷、炎、風。
どこに持っていたのか、握りこぶし程度の大きさの魔法玉を次々と取り出し、投げ、発動させるひょろ長。
今もあらゆるところにあらゆる魔法が飛んでいる。
「来るな! 来るなっ!」
そんな言葉とともに容赦のない魔法の雨が降り注ぐ。
草が燃え、木が凍り、地面が抉れた。
俺もすぐに距離を取ったが、それでもひょろ長に一番近いところにいたためすべてを避けきることはできず、いくらかダメージを食らってしまった。
「うぉっ!」
「きゃっ!」
「危ねぇ、かすった!」
発動された魔法は他の三つの戦場にも被害を及ぼしているようで時折フィナンシェや筋肉ダルマたちの声も聞こえてくる。
それからしばらく、不規則に飛んでくる魔法を避けることに必死になっていると、不意に攻撃が止んだ。
辺りが静まり返ったとき、周囲は散々な状況になっていた。
木や地面は燃え、凍り、倒れ、クレーターもいくつかできていた。
魔法が飛ばなくなると同時にずっとうるさく喚いていたひょろ長の声も聞こえなくなった。
急に静かになったことを不気味に思い、ひょろ長を見たとき、ひょろ長は血走った目で薄く笑いながら、全身から狂気を迸らせていた。
しかし、それも一瞬のこと。
次の瞬間には一変して真顔になった。
何も見ていないような空虚な瞳、顎に力が入らないのかほんの少しだけ開いた口、真顔というよりは全ての感情が抜け落ちてしまったかのようになんの感情も感じられない表情をしていた。
ぼーっと立ち尽くし前を向いていた顔が突然、こちらを向いた。
姿勢はそのまま、表情もそのままで首だけが三十度ほど右に動いた。
何も見ていないような目と、目があった。
不気味としか表現できないその動きに、その目に、言いようのない恐怖を感じた。
うーん、ひょろ長が小物から狂人にランクアップしてしまった。
プロット段階では信念を持ったかっこいいキャラだったはずなのに……。
さすがに冗長だなと思うのであと2話以内には決着つけたいと思います。