シフォンたちとの別れ 魔湧きを終えて
あれ以降テッドが無茶な行動をすることもなく、何事もなく十数日の旅程が過ぎ――
「トールさん、フィナンシェさん、ノエルさん。ありがとうございました」
「トール殿たちのおかげで無事ラシュナの魔湧きを治めここまで戻ることができた。我々護衛騎士からも今一度感謝申し上げる」
ブルークロップ王国王都近く、草原での休憩中。シフォンと護衛騎士たちが唐突にお礼を言ってくる。
お礼の言葉なら魔湧き終了直後に一度正式に受け取っているし、その後も感謝の言葉のようなものを何度か聞かされたはずなんだが……急にどうしたんだ?
「不思議そうな顔をしているな、トール殿。今回のような場合、帰還直前に改めて礼を告げるのは各国共通だと思っていたのだが……違ったか?」
……なるほど。そんなきまりがあったのか。
言われてみれば、まえにベールグラン王国でヒュドラを倒したあとブルークロップ王国軍と別れる際にも改めてお礼のようなものを言われたような気がする。
人魔界にはそんな風習なかったから気づかなかったな。
「あ、テトラさん。トールはあの、出身が特殊だから……」
「そうよ。コイツが物を知らないだけでアナタの言ってることは何も間違ってないわ」
「……そういえばそうだったな。トール殿の出身は少し特殊だったな」
すぐに言葉を返さなかったからだろうか。
フィナンシェのフォローをきっかけに俺が不思議そうな顔をしていた理由が正しくテトラに伝わったみたいだが、ノエルからはひどい言われようだな。
というか、俺が常識知らずという設定を久しぶりに聞いたような気がする。
「さて、改めて感謝を伝えたところでまもなく休憩も終わりだな」
「そうね。アタシたちもそろそろ行くわ」
テトラに言われて懐中時計を見ると、たしかに休憩を始めてから結構な時間が経っている。
ということはもう、お別れの時間か……。
「私たちもこのままシフォンちゃんたちと一緒に行きたいけど、一度カナタリ領に戻らないといけないから……。寂しいけど、絶対また会おうね。シフォンちゃん!」
「はい、フィナンシェさん!! 絶対、また会いましょう!!」
仲良く抱擁を交わすフィナンシェとシフォン。
そんな二人を見ながら思い出すのは、昨晩届けられた伝言のこと。
『緊急事態だ。至急戻ってこい。 リカルドの街冒険者ギルドギルド長』
一晩を過ごすために立ち寄った町に待ち構えていたシフォンの兄ラーゼの護衛騎士の一人から受け取ったこの伝言。
わざわざ王太子であるラーゼのそばを離れてまでラーゼの護衛騎士が伝えに来たということはリカルドの街周辺でかなりやばいことが起こってしまったのだろう。
それも、ブルークロップ王国王太子であるラーゼが協力し、自らの護衛騎士を伝言役として遣わせなければならないような大事が……。
本当なら俺たちもこのままブルークロップ城に登城するつもりだったが、さすがにあんな伝言が届けられてしまってはな……。
結局、戻ってこい以外の伝言はなし。手紙もなし。
何が起こったのか、緊急事態の詳細もリカルドの街に戻ってからでなければ伝えられないということであったし……とにかく、シフォンたちとのお別れまえの最後の休憩ももう終わり。
何があったかは不明だが急いでシフォンたちとの別れを済ませリカルドの街へ向かわなければ、取り返しのつかないことになってしまうかもしれない。
「じゃあな。シフォン」
「はい、トールさんも、必ずまたお会いすると約束してください」
「ああ、約束だ」
――俺とシフォンが言葉を交わし、休憩も終わり。
フィナンシェとノエルは馬に乗り、俺とテッドは浮遊魔術で空中浮遊。
「トールさん、フィナンシェさん、ノエルさん。本当にありがとうございました!! また会う日までお元気で!!」
それぞれに別れの言葉を済ませたあと、最後にシフォンから俺たちへ向けての言葉を背に受けながらブルークロップ王国王都とカナタリ領との分かれ道でシフォンたちと別れ、数分後。
「ここからは飛ばすわよ」
「うん! 急がないとね!」
空中にいる俺から見てもシフォンたちの姿が完全に確認できなくなったところでノエルとフィナンシェがそんなことを言う声がノエルの風属性魔術によって届けられ、腕にかかる負荷が増加。馬が加速し、移動速度が跳ね上がる。
《テッド、どう思う?》
『何がだ?』
《緊急事態のことだ。リカルドの街は無事だと思うか?》
さっきまでは急がないと取り返しのつかないことになってしまうかもしれないなどとかなり甘い考えでいたが、よく考えたらリカルドの街からこの近辺にまで伝言を届けるだけでも十日以上はかかる。
伝言を伝えに来てくれたラーゼの護衛騎士の話ではこの伝言はブルークロップ王国の王城に届けられてから昨日の時点でまだ二日ほどということだったから、今日で三日。
伝言が届けられるまでの日数を足すと、それだけでもうこの伝言が発信されてから十三日以上は確実に経っていることになる。
緊急事態が発生してすぐにこの伝言が出されたのだと仮定しても十三日。
さらに俺たちがリカルドの街へ辿り着くまでここから十日はかかる。
となると、もうすでにリカルドの街は大変なことになっている可能性が高いし、俺たちが街に辿り着くころには取り返しのつかない状況に陥ってしまっている可能性も高い。
『無事、とはいかないだろうな』
《やっぱり、そうだよな……》
テッドも大体同意見のようだし、状況は先の想定以上に切羽詰まっているのかもしれない。
フィナンシェもノエルもそれがわかっているから急いでいるのだろう。
《とにかく……》
俺たちが行って何ができるかはわからないが、とにかく目指すは一刻も早くのリカルドの街への帰還。
もう起こってしまっているかもしれない最悪の事態を挽回・回避するためにも、余計なことを考える暇もなく、真っすぐにリカルドの街へと帰還しなくては。
長かったラシュナの魔湧き編(仮)、これにて終了!
ラシュナの魔湧き編(仮)が当初の予定の三倍以上の長さになってしまったので次回以降はサクサクとした早い展開を目指して執筆していきたいと思います。