地上におりて
「びっくりしたぁ~。危機一髪だったよね、今の。カード化しちゃうかと思ったもん」
どこか気の抜けるような惚けた声。
何事もなかったかのように平然と地面の上に立ち、まるで当事者とは思えないような感想を言いながら笑っているのはフィナンシェ。
地面めがけ落下していったあと、結果的に、フィナンシェは助かった。
残りあと何メートルほどだったのか。地面までかなり近くなったところ、ギリギリのところで間に合ったノエルの浮遊魔術によって徐々に減速、ゆっくりと下降していき、無傷の着地。
あのときはもうダメかと思い息を呑んでその様子を見守っていたが、本当に生きた心地がしなかった。
フィナンシェが助かったのは奇跡のようにさえ思う。
……だというのに、本人はまるでちょっと失敗しちゃったとでも言いたげな様子で軽く笑い飛ばしている。
一応落下してもカード化して助かるとわかっていたとはいえ、フィナンシェには危機感というものがないのだろうか?
さすがに自分がどのような状況にあったのかわかっていないなんてことはないと思うんだが……。
「トールもお疲れ様。最後のアレ、トールの声がなければ上手く破壊できなかったよ」
「口から核が出るって叫んだときのことか? アレはテッドに言われて叫んだもので俺から伝えようとしたわけじゃ……と、そんなことよりも、フィナンシェはどうしてあんな場所にいたんだ? 核が出てくることがわかっていたのか?」
えへへと笑いながら話しかけてくるフィナンシェの様子はいつも通り。
……まぁ、フィナンシェが呑気なのは今に始まったことじゃないしな。
自分の生死にかかわるようなことだったとはいえ、過ぎたことは気にしていないのだろう。
そんなことよりも何かの核が排出されようとしたときフィナンシェがなぜか何かの頭の上にいたことの方が気になる。
少しまえまではフィナンシェも何かの背中の上で戦っていたはずだし、あの状況で頭に登らなければならない理由があったとも思えない。
となると、フィナンシェは何かの核が何かの頭部から出てくることを察知していたと考えるのが自然だが……。
「ううん。私は変な視線を感じたからその視線の正体を確かめようと思って。あそこにいたのは本当に偶然だよ?」
きょとんとした顔で核がどこにあるかなんて知らなかったと告げてくるフィナンシェ。
この様子だとあのタイミングで何かの頭の上にいたのは本当に偶然だったらしいな。
フィナンシェならなんらかの理由で何かの核の位置を突き止めていてもおかしくはないと思っていたが、さすがにそんなことはなかったか。
それよりも、フィナンシェが気にするような変な視線、か……。
「その視線っていうのは何かに向けられたものだったんじゃないか? 何かは要塞都市の方に向かって進んでいたんだし、これだけ大きいのが動いてたら視線も集まって当然だろ?」
フィナンシェが気にするほどであるしなにか普通の視線とは違ったものだったのかもしれないが、気のせいという可能性もあるのではないだろうか?
俺たちが地面に下りてからまだ数分。
地上から見上げる何かの残したケンタウロス型の土塊は山以上の大きさと威圧感を誇っているように感じられるし、こんなものがひとたび目に入れば誰一人として無視できるような者などいないだろう。
フィナンシェの感じたというその視線のおかげで何かの核を破壊できたということには感謝するがこの状況で変な視線と言われるとカーベのようなカードコレクターからの視線くらいしか考えられないし、できればもうこれ以上の面倒事はなしの方向でお願いしたい。
「う~ん、でも、実は私がシールの近くでドロドロを見つける少しまえからずっとその視線を感じてたんだよね。そのときも私はついでって感じでドロドロの方を中心に観察してるみたいな感じだったからトールの言うようにドロドロに向けられた視線っていうのは間違ってないと思うんだけど……あ、私たちが結界に囲まれてからドロドロが結界を壊すまでのあいだは視線を感じなかったよ」
「なるほど……」
フィナンシェがその視線を初めて感じたのは昨日の夜に俺たちと合流するまえ。
視線から受ける印象は何かを観察していて、そのついでに何かに近づこうとしている者も観察……といった感じだろうか?
つまり、その視線の主の目的は俺たちではなく何か。
とりあえず、カードコレクターからの視線というわけではなさそうだな。
「その視線は今はもう感じないのか?」
「うん。さっきまではユールの壁の上から見られている感じがしてたんだけど、今はもうさっぱり……。たぶん、ドロドロが倒されたからいなくなったんじゃないかな?」
まぁ、そうだろうな。
視線の主の狙いが何かだったなら何かが倒された時点でもうそれ以上観察を続ける理由はない。
ユールにいたというのもできるだけ離れた安全地帯から何かを観察するためと、場合によっては人に紛れたりすぐさまラシュナから立ち去ったりと、身を隠すのに便利だったためだろう。
何かが巨大になるずっとまえから何かのことを観察していてさらには結界が張られ何かや俺たちのことを見れなくなっていたらしい半日近くの時間を経てもなおユールから観察を続けていたということは、その視線の主は何かのことをよく知っていたか何かの仲間のような存在だったのだろうからな。
とはいえ、その視線のことも気にならなくはないが相手がカードコレクターでないというのならいま気にするようなことではない。
まだユールにいるのか、もうユールを立ち去ってしまったのかもわからないようだし、今はそんなことよりも何かの残していったこの土塊が問題だな。
一応、土塊に近い部分にいたラールの住民はすでに避難が完了しているらしいが、土塊とラールの距離はたったの数十メートルしか離れていないし、土塊はボロボロでいつ崩れ落ちてきてもおかしくない。
せっかくここまで頑張ったのに土塊が崩壊したせいでラールに被害があったとあっては面白くないからな。
ノエルが魔力切れでシフォンも回復魔法をつかえなくなるほどに憔悴してしまったいま俺たちにできることは何もないが、せめてラールの安全が確保されるまではできるだけのことを考え動き、この魔湧きの結末を見届けたい。
そのくらいの権利と義務が、俺にはあるはずだ。