謎の一言と夢のあと
「クフッ、クフフフフフッ。これは、いい研究データがとれましたなぁ。今回の結果を元に改良を重ねればいずれは――や――だって夢では、クフフフフフフフ……」
ユールを囲う街壁の上。
痩せぎすの男は背中を丸め口元を手で押さえながら笑いをこらえきれずに小さく声を上げる。
自分たちの手で造りあげたアブソイーター六号が破壊された時、それを監視・観察していた痩せぎすの男は得られた結果に満足し、大きな笑みをたたえながら狂喜に打ち震えていた。
その様は、一見すれば異常。
手に持った特注の暗視用望遠筒を壊しかねない力で強く握りしめ、嬉しそうに大きく目を見開き、口の両端が大きく裂けてもおかしくないほどの深い笑み、つり上がった頬。
そんな顔でアブソイーター六号の核の破壊を眺めたあとの、突然の不気味な笑いと丸まっていく身体。
周囲にたくさんの人がいる中、しかしその場に痩せぎすの男を怪しがる者はいない。
「おい、止まったぞ! あのデカいの、止まってるぞ!」
「ワタシたち、助かったの……?」
「隊長! 対象のそばに冒険者【金眼】と【ヒュドラ殺し】、他数名の姿があります! いま【金眼】が対象から飛び出てきた何かを破壊しました!!」
「やったのか!?」
「いえ、そこまではまだ……ですが、【金眼】たちの表情を見るにその可能性は高いかと思われます!」
「そうか! ならばまずはラールの無事の確認を急げ! 必要なモノがあればすぐに手配しろ! お前達は【金眼】たちから状況を聞いてこい! 対象はまだカード化していない、油断はするな!」
「「「はっ! 了解しました!!」」」
「……聞いたか、いまの。あのデカいのを止めたやつがいるらしいぞ」
「じゃあ、アレはもう動かないの? こっちには来ない?」
「ああ、たぶんな。助かったんじゃねえか、オレたち」
「本当か!? やったあああ! 助かったそぉおおお!!」
「うおおおおおおお!」
「よっしゃあああああああ!!」
男のそばから聞こえてくるのはそんな声。
周囲にいる者たちもまた男とは違う理由で歓喜に打ち震え、笑い、歓声を上げ、あるいは呆然としていたため、誰も男の言動に目を留める者はおらず、不気味に笑う男のことを怪しむ者もいない。
そして、
「途中、結界に阻まれ観測が望めなかった部分もありましたが、データは充分。いえ、充分以上にとれましたからね。彼等もこれで納得してくれるでしょう。さて、この場所にもう用もありませんし、そろそろおいとまとさせてもらいましょうか……。それでは――『この腐った世界に、ひとしずくの潤いがあらんことを』」
幾分か冷静さを取り戻した痩せぎすの男は未だ緩む頬を隠すこともせず誰かに囁くかのように何事かを言い残し、誰にも気づかれぬまま、静かにユールを立ち去った。
――――頭が、痛い。
身体も熱くて、寒い。
腕も足も肩も、動かない……。
体内魔力の全放出。
これまでの九分間とちがい、テッドの魔力だけでなく俺の魔力も放出されてしまったからだろうか。
全魔力を流し込んだ瞬間忘れることのできた疲労もすぐに復活。
完全に魔力を使いきってしまったせいで身体も尋常じゃなくダルい。
今にも意識が飛びそう……だ、が……。
「何かは……どうなった……?」
さすがに今ので倒せたとは思えないがせめて動きが止まったかどうかだけでも確認を……。
そう思い力を込めて発声したはずなのに、出てきたのはなんとか絞り出したといったようなかすれ声。
シフォンの回復が間に合っていないのだろうか?
声だけでなく魔力も全然回復している気がしないが、とにかく何かを倒すまでは意識を失うわけにはいかない。
魔力が回復次第またすぐに魔力を流し込まなければ……。
――と思ってはいるものの、言うは易く行うは難しといったところだろうか。
身体は重く、力も入らない。
両腕も下方に向かって垂れ下がり手のひらもすでに何かのカラダから離れてしまっているし、俺の身体を何かに密着するまで近づけてもらおうにも声が上手く出ずノエルに浮遊魔術の制御を頼むこともできない。
《テッド、起きてるか?》
『……なんとかな』
念話ならつかえるみたいだがテッド以外とは念話できないし、テッドは俺以外と意思疎通できない。
テッドの力では俺の腕を何かに向かって動かすことも不可能。
先ほど絞り出した声も誰にも聞こえなかったのか返事もないし、それ以前にそろそろ意識が……。
身体に重くのしかかり、それでいてどこか温かく包み込んでくれるような……強い、まどろみの気配。
瞼が勝手に下り、全身が深い眠りの中へといざなわれていくのに、全魔力を放出してから何秒かかったのだろうか。
あるいは、何秒しかかかっていなかったのだろうか。
「……任せて!」
不意に聞こえた声に視線を上げると、今にも閉じてしまいそうな視界の中うっすらと、何かの頭上から躍り出たフィナンシェが空中で丸いかたまりを砕き割る姿が目に映った。
……って、あれ?
この光景を見るのは、二回目のような――――
『なんだ、寝ていたのか?』
意識が身体に浸透していき、全身に力が通っていくような感覚とともに目をあけると、テッドからそんな声がかかる。
ということはやはり、あの光景を見るのは二回目。
さっき見ていたのは夢だったのだろう。
本当のところはたしか、フィナンシェが何かの核を破壊するのを見届けたあと俺はそのまま疲れて眠って……いや。
《何かはどうなったんだ?》
俺が一回目だと思っているあの光景も、実際にあったものかどうかわからない。
横を見れば多少見た目がボロボロに変わっているもののケンタウロスのようなカタチをした山のような大きさの岩の塊もまだあるし、実はフィナンシェは何かの核を破壊しておらず何かがまだ活動を続けているということも十分にありえる話だ。
……とはいったものの、テッドの落ち着きようからして何かは無事倒すことに成功したのだろうと、そう、考えてしまっていたからだろうか。
『何かなら――』
起き抜けドッキリ。
テッドから聞かされた言葉に、目を疑いそうになった。