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黒幕登場

 すいません。遅くなりました。

 今回少し文字数多いです。

 振り向いたときにはもう、筋肉ダルマは地に伏していた。

 その身体の下から流れ出る血が地面を赤く染めていく。


 一瞬で頭が冷える。

 それと同時に、足が動いた。


 俺は走った。

 とにかく走った。

 筋肉ダルマが倒れている姿を目にしてすぐに駆けだした。


 筋肉ダルマと、フィナンシェと、ローザと、三人がかりでなんとか互角に戦えていたのにその均衡が崩された。

 フィナンシェが危ない。

 そう考える前にすでに走り始めていた。


 筋肉ダルマの生死は不明。

 どこを斬られたのかも不明。

 少なくとも背中には傷はない。

 そうなると、腹か、胸か、喉。

 血だまりの位置的におそらく腹を斬られている。

 斬られたのはついさっき、クライヴが焦ったように叫んだ瞬間だろう。


 走っているあいだも筋肉ダルマの下の地面はじわじわと赤く染まっていく。

 もうすでに結構な量の血が流れ出ている。

 早く手当をしてどこか安全な場所に移動させないと危険だ。

 走りながらそう判断する。


 それにしても距離が縮まらない。


 俺たちの位置とフィナンシェたちのいる位置は予想以上に離れていた。

 戦闘をしながら少しずつ移動していたのだろう。

 俺とクライヴが敵と睨み合いをしていたあいだにかなりの距離が開いていた。

 俺が振り向いてから、クライヴが敵のそばに辿り着くまでに四秒、俺がフィナンシェの近くに行くまでに七秒かかった。

 その数秒は、戦局が傾くには十分な時間だった。






 トールたちが敵と睨み合っていた頃、フィナンシェたちはギリギリの攻防を繰り広げていた。


 斬り上げ、斬り下ろし、横薙ぎ、体当たり、炎、突き、蹴り。

 フィナンシェたちは途切れることなく敵を攻撃し続け、三人がかりで敵の気を逸らし、隙をつく。

 トンファが敵の正面で剣を振り続け、フィナンシェとローザがトンファの動きに合わせるように敵を攻撃する。

 敵はトンファの剣を受け流すことに集中しながらもフィナンシェとローザの攻撃を紙一重でかわす。

 そういった状況が続いていた。


 トンファは一心不乱に剣を振り続ける。

 常人の数倍の力が乗せられたトンファの剣は重かったが剣速はそれほどでもなかった。

 勿論、それでも一般冒険者が全力で振った剣の二倍程度の剣速はあったが、敵からしたら遅いと思える程度の攻撃であった。

 大剣をそのスピードで振り続けるパワーとスタミナには驚嘆したが、攻撃を入れようと思えばトンファの身体にいくつかの傷をつけられるくらいの余裕はあった。

 しかし、敵はトンファに攻撃することができないでいた。

 フィナンシェとローザの援護があったからだ。


 フィナンシェの攻撃は鋭い。

 一対多の集団戦により疲弊しているため、はじめに一対一で戦っていたときほどの鋭さはないがそれでも油断を許されない一撃が何度も放たれた。

 トンファの攻撃を受け流したタイミングで死角から襲いかかってくるフィナンシェの攻撃は恐ろしいほど的確に敵の急所を突いてきた。

 だが、それゆえにかわすのも難しくなかった。

 警戒していても一瞬で視界から外れ、死角から攻撃してくるフィナンシェではあったが、その剣から放たれる攻撃はすべて敵の急所を狙ったものだった。

 フィナンシェの姿は見えず、どのような軌道で攻撃が放たれるかもわからない。

 しかし、死角から的確に急所を攻撃されることはわかる。

 自身の死角と、そこから狙える急所、自分に隙ができるタイミングさえわかっていれば焦ることなく回避できた。

 フィナンシェの攻撃精度の高さが逆に敵を助ける結果となっていた。


 フィナンシェの戦法は決して間違っていたわけではない。

 敵の実力の高さゆえに通用しなかったが、大抵の敵はこの戦法で沈められる。

 そもそも、フィナンシェの本来の実力はもっと高い。

 フィナンシェが全力を出せる状態であったなら、あるいは途中で十五人の増援さえなければ、いま目の前にいる敵も確実に倒すことができていた。

 フィナンシェは、本来の実力が高すぎたがゆえに実力が拮抗している相手との戦い方を知らなかった。


 また、今まで一人で活動し続けてきたため、誰かと協力することにも慣れていなかった。

 敵がトンファの攻撃を受け流した際にできる一瞬の隙を突く。

 一見すると連携できているようにも見えるこの行動だが、やっていることは攻撃するチャンスが訪れたから攻撃をするというシンプルなものだ。

 トンファが敵を攻撃しやすくなるように敵の体勢を崩す目的で攻撃しているわけでもなければ、敵がトンファに攻撃しないように敵の行動を制限しようとして攻撃しているわけでもない。

 攻撃するのに最適だと思ったタイミングで攻撃を繰り出しているだけであった。

 連携もなにもないトンファとフィナンシェなら一人ずつ倒していけるだけの実力が敵にはあった。


 そんなトンファとフィナンシェをフォローしていたのはローザだった。

 敵がトンファに攻撃しそうな際には魔法を飛ばして妨害。

 トンファやフィナンシェが敵を攻撃しようとした際にはその攻撃にタイミングを合わせるようにして魔法で援護。

 目くらましや行動阻害、味方の攻撃と魔法による挟み撃ちや魔法を利用した味方の服からの水分の蒸発、時には炎によってつくりだした影を利用して敵を惑わせようともした。

 敵の妨害と味方の援護を行いながら、好機と見ればすかさず敵を攻撃する。

 そのせいで敵は思うように攻撃できず、また、思うように防御も回避もできなかった。

 ローザのおかげで、トンファとフィナンシェの自分勝手な行動が連携として機能していた。

 ローザのおかげで、かすり傷程度ではあるが敵にいくつかの傷を負わせられていた。


 ローザの魔法の腕は特別優れているわけではない。

 攻撃として使用できる魔法は炎を飛ばす魔法ただ一つのみ。

 魔法の発動速度も、魔法の飛ぶ速度も、魔法の威力も、魔法の制御能力さえも人並み。

 すべてが人並みの彼女が目の前で行われているハイレベルな戦いに参加し適切な行動をとれている理由は、長年の経験からくる予測とこの短い時間の中でフィナンシェと敵の行動パターンを正確に分析・把握したからである。

 彼女は常に数秒先を予測することで見事な連携をつくりだしていた。


 しかし、戦闘開始から数分後。

 その連携が、途切れた。


 ローザの魔力が尽きたのだ。

 常人ではついていくことのできない戦いの中、予測によってその速度に適応し味方のフォローまでしていたローザの魔力は、驚くほど簡単に尽きた。

 魔法は魔力がなければ発動できない。

 ローザは魔法を撃てなくなった。


 そうなってからは早かった。

 それまでローザの援護によって成り立っていた連携が瓦解し、トンファの攻撃もフィナンシェの攻撃もまったく当たらなくなった。

 攻撃の回避に幾分か余裕のできた敵はその余裕をつかってトンファを攻撃。

 何度目かの攻撃の際、ついに敵の攻撃がトンファの身体をとらえ、トンファが地に伏した。


 トンファが地に伏すのとほとんど時を同じくしてトールたちが敵を撃破。

 クライヴ、トールの順でフィナンシェたちに駆け寄り、ジョルドはトンファに止めを刺そうとしていた敵とトンファの間に矢を射た。


 そしてトールたちが駆け寄る数秒の間に、フィナンシェの右腕が斬られた。


 傷は深くはない。

 深くはないが浅くもない。

 フィナンシェの右腕がつかえなくなったことは明らかだった。


 大幅な戦力低下にまだ余裕のありそうな敵の姿、味方であるトンファの喪失。

 目の前の惨状を目にして、トールの心が折れた。






 もう無理だ。

 勝てない。

 この敵には勝てない。


 そんな感情が次々に浮かんでくる。

 フィナンシェのそばに辿り着き、現状を理解した瞬間に身体が重くなった。

 なんとか立てている。倒れてはいない。

 だが、立てているだけだ。

 身体に思うように力が入らない。

 視界の端に黒いもやがかかったかのように視野が狭い。


 筋肉ダルマがやられた。

 フィナンシェも右腕がつかえない。

 さっきまでの会話や様子から察するにクライヴの攻撃はこの敵には通じない。

 俺なんて論外だ。

 敵はフィナンシェと筋肉ダルマの攻撃を受け、回避しながら魔法も防いでいた。おそらく矢も防がれるだろう。

 剣も、魔法も、矢も駄目。

 敵の体力はまだ余裕がありそう。

 もう打つ手がない。

 もうどうしようもない。


 心が折れた。が、すぐに持ち直した。


 違う。どうしようもないじゃない。

 諦めちゃだめだ。

 フィナンシェだけでも逃がさなければ。

 覚悟したじゃないか。

 スライムをどうにもできなかったらフィナンシェだけでも逃がすと覚悟を決めたじゃないか。

 相手がスライムから人間に変わっただけだ。

 やることは変わらない。

 堂々としろ俺。


 この森に入る前に固めた覚悟を思い出す。

 やると決めたらやり遂げろ。

 院長の言葉だ。


 まずは格好からだ。

 足を肩幅に、腕は胸の前で組め。

 視線は前に、しっかり敵を睨みつけろ。


 ポーズを決めながらテッドに念話を送る。


《テッド、一緒に死んでもらうぞ》

『覚悟の上だ』

《そうだな。覚悟の上だ》


 テッドに確認も取った。

 答えは相変わらず。

 だが、これで戦える。


「フィナンシェ、逃げろ」


 自分でも驚くほど平坦な声が出た。

 震えなかった。か細くなかった。

 堂々とした声が出た。


「逃げる、ってもしかしてトールとテッドだけでなんとかするつもり?」

「ああ、そのつもりだ」


 大丈夫。勝算はない。

 けどすぐに負けるつもりもない。

 この距離ならテッドの感知範囲内だ。

 回避に徹すれば少しは時間を稼げる。


「そ、そんなのダメだよ! 私も一緒にっ……」


 フィナンシェの言葉が詰まる。

 右腕が痛むのだろう。


 なにか言い訳を考えろ。

 フィナンシェが大人しく逃げてくれるような言い訳を。


「邪魔なんだ。俺から遠く離れてくれ」


 邪魔。

 そう、邪魔なんだ。

 この世界ではスライムは最強の生物。

 テッドも最強だと勘違いされている。

 俺も強いと勘違いされている。

 その勘違いを利用しろ。


「周りに人がいると本気が出せない。悪いが足手まといなんだ。どこかに行ってくれ」

「……わかった」


 言い方は悪くなったがフィナンシェはわかってくれた。

 クライヴたちにも逃げてもらおうとクライヴの方を見ると筋肉ダルマが立ち上がるところだった。


 よかった。生きてた。

 というより、さっきはいきなりのことで気が動転してたみたいだ。

 カード化してないんだから生きてるに決まってるじゃないか。

 しっかり立てているし思ったよりも大したことなかったんだろうか。


「お前たちも逃げろ。本気を出す」

「わりぃ、何かあったら頼れなんて言っといてこのざまだ。悔しいが、こんな身体じゃもう戦えねえ」

「いや、そんなになるまでよく頑張ってくれた。フィナンシェを頼む」

「……チッ、頼まれちゃしゃぁねえな。ついてこい【金眼】」


 筋肉ダルマはまだフィナンシェに思うところがあるようだがそれでも頼みを聞いてくれた。

 あとはフィナンシェたちがここから立ち去り、遠く離れるまでこいつを足止めすればいい。


 幸いなことに敵はテッドの魔力に臆しているのかこちらに近づいてこない。

 ジョルドが放つ矢を警戒しているのか筋肉ダルマたちの方にも行ってない。

 テッドの魔力とジョルドの援護があればフィナンシェたちがここから離れるくらいはできるだろう。


 そう思った。

 見落としがあるなんて思ってもみなかった。

 その見落としのせいでフィナンシェたちがこの場から逃げられなくなるなんて思いもしなかった。


『なにか近づいてきたぞ』


 これから死ぬかもしれない。

 そんな緊張感のなか、テッドが言葉を発した。

 不穏な言葉だった。


 耳を研ぎ澄ませる。

 森の中から草をかきわける音と剣と剣がぶつかるような音が聞こえ、段々と近づいてくる。

 というかめちゃくちゃ近くから音が聞こえる。


 音が聞こえてすぐ、五人の男が俺たちの近くに姿を現した。


 一人はひょろ長い胡散臭そうな顔をした男。

 二人は目の前の敵と同じ黒衣に身を包んでいる。

 そして、最後の二人。

 その二人は非常に見覚えがあった。

 三人の男たちを追うようにして出てきた二人の男。

 そいつらは、カルロスとケインだった。


「ちょっ、お前等! しっかりとぼくを守れ!」


 二人の黒衣の男に守られるようにして森から出てきたひょろ長い男が叫ぶ。

 男の叫びに答えるように二人の黒衣の男がカルロスとケイン、そして俺たちに剣を向け、俺の目の前にいた敵もひょろ長い男の近くに寄って行った。


「よぉトール、久しぶりだな。そのひょろっちぃ奴がお前を狙ってるカードコレクターだ」


 カルロスが声をかけてくる。

 混乱が加速する。


 ひょろ長い奴が俺たちを狙っていたカードコレクター?

 それよりも、さっきクライヴとジョルドに倒された敵とついさっきまでフィナンシェたちと戦っていた敵がカルロスとケインじゃなかったのか?


「まだよくわかってねぇって顔してるがとにかくそのひょろっちぃ奴と黒い奴らが敵で、俺とケインはお前らの味方だ」


 カルロスとケインが敵じゃない?

 本当か?

 いや、でも確かにいまひょろ長い奴を追って出てきた。

 ひょろ長い奴の必死な様子も演技には見えない。


「呆けてる場合じゃねぇぞ。早く剣を構えろ」


 カルロスに言われるようにして短剣を構える。

 フィナンシェや筋肉ダルマたちも黒衣の男たちの方へ剣を向けている。


「早くそいつらを倒せえええ!」


 ひょろ長い奴の声に反応し黒衣の男たちが俺たちに向かって走り始める。


 こうして、よくわからないうちにカードコレクターとの総力戦が始まった。

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