誤認
ノエルが言うにはすでに何かの持っていた魔力の三分の一以上を何かの中から抜き出したはず。
テッドが何かの動力は魔力だというようなことを言っていたし数時間が経過しても無限に湧き出し続ける泥人形や何かから飛んでくる攻撃は別にしても何か本体が動き出す様子は全くなかったからてっきりこれだけ巨大な本体を動かすために必要な魔力が不足してしまうほどに魔力を抜くことができたのだと思っていたが……。
「違った、みたいだな……」
果たして違っていたのは本体を動かせなくなるほどの魔力を抜くことに成功したという認識だったのか、それとも魔力が何かの動力であるという前提そのものだったのか。
今動いている何かのほとんどは元はダンジョンであるし、これだけの大きさ・これだけの量のモノを変形させ動かすのに魔力を全く使用していないとはとても考えにくいが、現にいま目の前で動いている姿を見ていると魔力が動力でないという可能性も否定はしきれない。
そして、もし魔力が動力でなかった場合は……。
《これ、魔力を抜けば本当に倒せるんだよな?》
『そう考えていたんだが、わからなくなったな』
もしも魔力が動力でなかった場合。最悪なことに、魔力をすべて抜き去っても、何かは止まらない。
と、そういうことになってしまうのではないだろうか。
攻撃の通用しない巨大な何かが縦横無尽に動き続ける。
考えただけでも、頭から血の気が引いていく。
国の一つや二つ簡単に滅んでしまう光景がありありと目に浮かんでくる。
「アンタ、ちまちま魔力を抜いてたみたいだけどもっと他に方法はなかったの? こう……ぶん殴って破壊するとか」
「できたらとっくにやってる……って、数時間前にも言ったよな、これ。それよりもノエルこそ、何かの魔力を一気にあのカラダから抜いたりとかできないのか?」
「アタシも言ったはずよね? できるならやってるわよ、って。相手の魔力を勝手に体外に放出させるなんて芸当、アンタ以外にできるやつなんていないわよ」
「いつものことながら、その俺にしかできないってところが信じられないんだが。ノエルならそのくらいできそうな気も……痛ッ!」
ひとまずの安全地帯――動き始めた何かの攻撃が届かないだろう距離、届かないだろう高空まで退避していたノエルの真横にノエルによる浮遊魔術の制御によって引き寄せられ、並び、話していた最中。何かが動き出した衝撃により忘れていた痛みが腕と胸の奥に強く走り、甦る。
「トールさん!? 身体が!? すぐに回復させます!」
「頼む……ッ」
今の声で異変に気づいたのだろう。
浮遊魔術によってテトラたち護衛騎士と共にこちらに向かってきていたシフォンがボロボロになり変色までしてしまっている両腕を見て慌てた様子で近寄り、すぐさま回復魔法をかけてくれる。
途端、痛みが和らぐ素晴らしさ。
じんわりと全身に染み渡っていく魔力が心地いい。
熱を持ち全身を蝕んでいた痛みがシフォンの魔力に圧され、徐々に消えていく感覚。
魔抜きに関して大きな失敗はなかったものの、魔抜き直前に何かの周囲をまわった際に生じた不調等の影響もあったのだろう。
魔抜き開始時からどこか正常ではないように感じていた体内の違和感も、シフォンの魔力に圧されて少しずつ緩和されていく。
「アンタ、その腕どうしたのよ。魔力を抜いた代償?」
「まぁ、そうだな」
「ふ~ん。あの量の魔力を抜くとなるとアンタでも怪我くらい負うのね。アンタの怪我してる姿、初めて見たわ」
「いや、怪我くらいしょっちゅう負っているが……」
「下手な嘘ね。気休めのつもりならアタシ以外にやりなさい」
「いや、そんなつもりじゃ……」
回復をしてもらっている最中、聞こえてきた声。
シフォンの声を聞いていま初めて腕の変色に気づいたというような様子で話しかけてきたノエルは一体どこまで本気なのか。
腕の異変に気がつかなかったのは俺の身体状況に興味がなかったからか変色してしまった腕の紫色が夕焼けの色に溶け込んでしまっていたからということで説明がつくし、まさか本当に俺が怪我を負うはずがないなどという誤った認識のせいで気づけていなかったわけではあるまい……と、思うのだが……。
「トール殿を負傷させるほどの敵か。わかってはいたが、厳しいな。我々の魔法も全く効いている様子が見られない、か……。トール殿ノエル殿、なにかあの敵を倒す策か術はないだろうか? すまないが、我々ではあの敵を倒せそうにない」
……テトラまで俺が腕を負傷したことを深刻そうに捉えているし、
「わっ、どうしたのトール! その怪我!! ……って、トールが怪我!?」
何かが動き出してからもしばらくは何かの頭上で戦闘を行っていたがために一足遅れてここにやってきたばかり。
この中で一番俺の負傷した姿を目にしてきているはずのフィナンシェまでこの驚きよう。
フィナンシェたちが俺のことをどんなふうに見ているのかは知らないがもし俺のことをこの世界のスライムにも匹敵する化物のような強さを持つ存在だと勘違いしているとして、その俺が簡単には倒せず逆に傷を負わせられてしまうほどの何かが相手だと思ってしまっているのだとしたら何かの脅威度を必要以上に高く見積もりすぎてしまうかもしれな――
『それの何が問題なのだ?』
《……もしかして声に出ていたか?》
『いや、微弱な念話が聞こえてきただけだ』
《そうか。声には出していなかったか》
『話を戻すぞ。敵の脅威を過大に評価することの、どこに問題があるのだ? 敵の強さを過少に評価しているわけではないのだ。何も問題はないだろう』
《……そう言われてみれば、そうだな》
敵は弱いと勘違いしているのであれば問題かもしれないが、強いと思っている分には何も問題はない。
もし敵の強さが認識よりも下だったとしてもその強さより上の力を持っている敵を倒そうとして振るわれた力に叩き潰されるだけ。
むしろ敵の力がより高いものだと勘違いしてくれていた方が討伐できる可能性も高まる。
ということは、俺はいったい何を心配していたのだろうか?
――などと益体もないことを考えつつ斜め下、少し離れた場所で大きく前進しながら腕を振り回し続けている何かと何かが進むたび、腕を動かすたびに大きく揺れる地面や巻き起こる強風を眺めること五十秒ほど。
「トールさん、お怪我の具合は……?」
「もう大丈夫そうだ。ありがとうシフォン、助かった」
「はい。お役に立てたようでよかったです」
つい先ほど何かが動き出した際に擦り切れてしまった手のひらの裂傷か完治すると同時、何の良案も浮かぶことがないまま、予想よりも早く回復魔法による治癒が完了した。