突撃開始
俺が、あの巨大な何かに、突撃をかます。
……事の無謀さと危険さに表情を凍りつかせずにはいられないような提案だが、テッドの言うことだ。
《それが最善手だというのなら……》
やる以外の選択肢はないか。
となると気になるのは……。
《具体的にどう突撃して、何をすればいい? 詳しく聞かせてくれ》
突撃の仕方と、その突撃を希望たらしめる要因。
これを知っておかなければとてもじゃないが何かに突撃なんてかませない。
テッドの言う希望がどの程度のものかは知らないが、どうせ限りなくゼロに近い希望に決まっているからな。
少しでも成功の確率を上げるためにも完全にテッド任せなんてことにはしていられない。
『説明するのはいいが、あまり時間をかけてもいられないからな。聞きながら行動しろ』
《わかった》
できれば作戦を完璧に把握した上で行動に移りたかったが、仕方ない。
時間がないのは事実だ。
聞き逃しや失敗がないように気をつけよう。
『手始めに何かの周囲を上から下まで一周しろ』
《周りだけでいいのか? あのデカい口からなら中にも入れそうだが》
『中に入って潰されたいのか? バカなことを言っていないで早く周りを回れ』
《……それもそうだな》
いまあの中に入ったとしても壁や天井に潰されるか泥人形に殺されるか、それか出口を閉じられて中から出られなくなるだけ。
そんなことは少し考えればわかることなのに我ながらバカなことを訊いてしまったな。
まだ何かに威圧され冷静になりきれていないのかもしれない。
「これは予想以上に慎重にいかないとな……」
今の俺は自分が想像している以上に自分のことを制御しきれていない。
とりわけ、これでもかというほど神経を張り巡らせていなければ取り返しのつかない失態を演じてしまうかもしれない……そう思い気合を入れておかないと本当にまずいことになってしまうだろう。
…………と、そう考え、気合いを入れたところで。
《さて、始めるぞ》
『早くしろ』
テッドに作戦の開始を告げ文句を言われながら話しかけるはもちろんノエル。
浮遊魔術の制御はノエルにしか行えないのだから、何かの周りをぐるぐると回るのであればノエルの助力は必須となる。
「ノエル、俺をあのデカブツの頭のてっぺんから足の先までぐるっと何度か周りをまわるようにしながら飛ばしてくれ」
「いいけど、魔法が当たっても知らないわよ」
「……できるだけ魔法を避けるようにして飛ばしてくれ。テトラたちも、俺に魔法が当たらないように調整してくれると助かる」
タイミングがよかったのか、何かに向かって巨大な氷の槍を放ち終えたばかりのノエルに浮遊魔術の制御を頼むと忠告の言葉とともに二つ返事で承諾が返ってくる。
「了承した。皆、聞いていたな! トール殿に魔法が当たらぬよう細心の注意を払え!」
続いて、俺の頼みに答えるようにして発せられたテトラの声。
おそらくは俺がテッドと念話していたあいだもずっと攻撃を続けていたのだろう。
絶えず何かに魔法を撃ちこんでいたのだと思われるテトラたち護衛騎士三人の顔は先ほど見たときよりも疲労の色が濃く、そこにシフォンの回復魔法によって回復したアンジェたち二人が加わってさらなる攻撃を試みているようだがその効果のほどは窺えない。
さらに探るようにして周囲を見ると、残る一人の護衛騎士はまだシフォンに回復魔法をかけてもらっている最中で、フィナンシェはいつのまにか何かの頭の上に移動し頭から生えるようにして現れる泥人形を相手にしながら何か本体へと剣を振るい続けている。
とりあえず何かはまだ動き出していないみたいだがこちらの攻撃もまったく効いていない。
と、圧倒的にこちらが劣勢であることを確認した瞬間――
「それじゃあいくわよ!!」
ノエルのそんな声に弾き出されるようにして飛行を始めた身体に、
『何かの周りを周回し終えたらお前の出番だ。アイアンゴーレムにやったことを思い出しておけ』
次の行動を告げてくるテッドの声。
螺旋、というのだったか。
何かの周りを回転しながら下へと落ちていく中、この場にいる全員、ひいてはラシュナやこの世界の命運すら背負っているのではないかというようなそんな壮大で命懸けの作戦がいま、テッドの指示のもと俄かに開始されることとなった。