脱出成功?
もともと気の長くないノエルがここまで我慢していたのだ。よくもった方だと言うべきだろう。
「ああもう、面倒くさいわね! 派手にぶちかますわよ!!」
ノエルがヤケ気味にそう叫んだ瞬間、肌を粟立たせるほどの魔力の高まりと収束を感じ、その一瞬後。ノエルを中心に俺たちを囲むように結界が構築され、残った魔力が結界外で――爆ぜた。
見てわかるほど高密度の魔力を込められて作られた結界の外で大きな音を立てながら連鎖的に爆発していく周囲の景色と泥人形。
近場の泥人形を排除し終えた爆発は宙に火の粉と泥を撒き散らしながら奥へ奥へと通路を進んでいき、曲がりくねった通路の先、もはや目には見えない位置まで行ってもまだ、遠ざかっていく爆炎の音と次第に小さくなっていく爆発による発光を通路の向こう側から届けてくれている。
もはや、どこまで行くのかわからぬほど先まで行き、なお爆発を続けているノエルの魔術。
ノエルの突然の行動に誰も驚いた様子がないのは全員が訓練された戦士だからか、それとも時が経つごとに焦れていくノエルの様子をずっと見続けていたからなのか……。
結界に守られた空間の中、再度ノエル、そして、テトラと護衛騎士たちが、叫ぶ。
「今のうちに走り抜けるわよ! 結界は《支点》だから安心しなさい! アタシから離れなければ問題ないわ!」
「皆、ノエル殿に続け! あの通路の先まで行き出口が確認できなければ正攻法での脱出は諦める! リオン以外は【魔滅】の用意をしておけ!」
「「「はっ!!」」」
鬱陶しいほど騒がしかったダンジョンに訪れた、一瞬の静寂。
この機を逃すまいと、泥人形のいなくなった通路をノエルの速度に合わせ、走り抜ける。
この結界。《支点》はたしか、発動時に指定した対象の動きに合わせて移動する結界をつくるとかいう高等結界魔術のことだったはず……ゆえに、この結界がノエルを対象に発動されたというのであればノエルから離れることはできない。
しかし、テトラの言っていた「まめつ」というのはなんだろうか?
これまで一度も聞いたことがない言葉だが……。
などと考えているうちに辿り着く、曲がり角。そこから見える、出口のない通路。
それを確認した瞬間、テトラが声を発する。
「ノエル殿、止まってくれ。それと全員に浮遊魔術を。……リオン、わかっているな?」
まずは何故かノエルに浮遊魔術の行使をお願いし、次に続いたのはリオンへの言葉。
それに答えるは、神妙な面持ちをしたリオン。
「はっ。【魔滅】通じぬ時は、この身に代えても」
その表情は内から滲み出る決意で溢れているかのように力強く凛々しく……。
傍から見ているとこれから何が起こるのかと不安にもなってしまうほどに仰々しく……しかし決して仰々しいとは言えない状況でもあり……。
「よし。ではこれより、【魔滅】の使用を許可する! アンジェから順に上へ向かって発動していけ!」
今のやりとりでテトラとリオンの二人のあいだではなにかが通じ合ったのだろう。
「トール殿、フィナンシェ殿、ノエル殿、これより目にすることは他言無用で頼む」
テトラが護衛騎士たちに指示を出し、俺たちに向けてそう言った直後。
リオンを除く護衛騎士五人の鎧が碧く発光し始め、気がついたときには――
今いったい、何が起こったのか……。
「成功したようだな。ノエル殿、感謝いたす。お前たちも、よくやった」
「べつに、このくらいどうってことないわよ。感謝されるまでもないわ」
「アンジェさんたち凄かったね! ノエルちゃんもありがと!」
「だから感謝はいらないって今言ったばかりよね……?」
横を見ると、ノエルの浮遊魔術によって宙へ浮かびながらお礼や称賛を言い合っているフィナンシェやノエル、テトラたち。
そして、すでに中天に差し掛かろうとしているのか高く上がった日から降り注ぐ光と、その光に照らされてよく見える周囲の――外の景色。
「これは……」
頭が状況に追いついてきていないせいか、それ以上言葉が続かない。
どうして外にいるのか。
なぜ空に浮いているのか。
どうやってダンジョンから脱出したのか。
時間にしてほんの数秒。
しっかりと見ていたはずなのに、よくわからなかった。
ブルークロップ王国護衛騎士にのみ着用を許されているという、護衛騎士の象徴であり、証である綺麗な薄い碧色をした全身鎧。
その鎧が鎧と同じく綺麗な水色をした光を発し始めたと思った次の瞬間、光が一際強く輝き、気がつけば……空にいた。
果たして、何が起こってこのようなことになったのか。
それはわからないがとにもかくにも俺たちは、ダンジョン内からの脱出に成功した……らしい…………。