ビッシリと
「ノエル殿ッ!」
「大丈夫よ、わかってるわ! 《炎爆》!!」
「ノエルちゃんすごい! 私も頑張らなくちゃ……えいっ!」
テトラが叫び、ノエルが魔術で敵を蹴散らし、フィナンシェがノエルに負けじと新たに現れた敵を斬り伏せる。
ぬるりとすり抜けるようにして壁から現れたその敵は、泥人形とでも称すべきだろうか。
ところどころ魔物のものと思われる特徴を持った土や泥を等身大の人型に押し込めたような姿をしたその敵は、ノエルの魔術やフィナンシェの剣によって倒され地面に落ちると、まるで地面の中へと溶けるように姿を消していく。
……というより、今のは何だったんだ?
『遂に来たな』
《今のはなんだ? 魔物か?》
『魔物ではなく、何かの分身だな』
《分身……。そんなものまでつくれるようになったのか》
ダンジョン内からの撤退を開始してから、一時間くらい。
ここまでは何の問題もなく進んでこられたからこのまま行けるかとも思ったが、さすがにそうはいかないか。
突然のことすぎて何が起きたのかいまいち理解しきれていないが、とにかくノエルたちがいてくれてよかった。
もし俺一人だったら完全に対応が遅れていただろう。
…………まぁ、テッドと俺が行動を別にすることなんて滅多にないし、そうそう遅れをとることなんてないだろうが……。
『右一』
《また現れたのか》
現に、今も急に天井から落ちてきた敵の動きを回避できた。
いくらあの泥人形が急に現れるからといってもテッドの感知があれば出現箇所も把握できるようだし、何かの分身であるところの泥人形がどこまで何か本体と同じことをできるのかはわからないが、さっきフィナンシェたちに倒されたときのことを思い出す限りでは一定以上のダメージを受けると形を維持できなくなり何か本体に戻っていくようでもある。
とりあえす、通路を埋め尽くすほどの数に出てこられでもしないかぎりは何も問題はないだろう――
――なんて思ってしまったのがいけなかったのだろうか?
「もう、キリがないわね!」
「テトラ隊長。さすがにこの数は……」
「厳しいか? だが、前も後ろも同様の状況だ。進むしかない」
『壮観だな』
幅三メートルもないだろう狭い通路。
そこに、俺たちの前後を挟むようにしてビッシリと詰められた泥人形たち。
ノエルやテトラたちが倒すもそのたびに次々と壁や地面、天井から補充されるように現れてくる泥人形のせいで、思うように進めない。
『上からくるぞ。シフォンを引き寄せろ』
「シフォン、こっちに」
「きゃっ」
「シフォン様!? ご無事ですか!?」
「シフォンちゃん、大丈夫?」
「は、はい……。トールさん、ありがとうございました」
俺たちのすぐ近くの壁や天井からも泥人形が現れてくることもあるし、本当に気が抜けない。
特に、今みたいに上からくるタイプが困る。
さすがというべきかフィナンシェたちは頭上からの敵襲にも動じずに対処できているが、上からくるような敵との戦闘経験の少ない俺からすれば上からの襲撃はやりにくいことこの上ない。
今のも、シフォンをこちらに引き寄せたあとテトラが敵を切り裂いてくれなければ危なかったし……それに、なぜか今のところは俺たちの近くに連続して大量に出現するということはないが、もし頭上から大量に連続して降ってこられでもしたらノエルの魔術があったとしも無事でいられるかどうかわからないというのが怖い。
「ああ、もうっ! 出口まではあとどのくらいなのよ!」
「……残り四キロといったところですね。出口までずっとこの調子なら、ダンジョンから出られるのは三時間後といったところでしょうか?」
「そんなにあったら強行突破もできないじゃない! せめて残り一キロ程度だったならアタシの魔術でどうにかできないこともないのに! しかもダンジョンの外にまでこんなのがわんさかいるかもしれないのよね? 本ッ当に面倒くさいわね!!」
ノエルとアンジェの会話を聞いているだけでも、この状況の厳しさがだいぶ窺える。
もし遠くに小さく見えるあの通路をまがった先もこの通路と同じ状況だったなら……。
安全を確認しながら魔物の残骸を辿って慎重に、時には道を大きく迂回しながら進んだ往路とは違って復路は最短経路を全力で駆け抜けてきたからこそここまで戻ってくることもできたが、ここから先は前に進むことすら難しいだろう。
小さく一歩、また小さく一歩と。
ゆっくりではあるが確実に進めてはいるとはいえ、連戦の疲れというものもある。
今はいつ綻びが生じ、取り返しのつかないことになってもおかしくない状況。
もしこのまま無事にダンジョンの外まで辿りつけたとしても、そこまでにあと何時間を必要とすることになるのだろうか?