生きた壁の意味
魔物の出ないダンジョン。
見つからない何か。
謎の動く壁。
そして、テッドの『生きた壁』発言。
壁が動いているのではなく、生きている。
正直、言葉の意味はわかっても理解はできかねる……。
《もう、何がなんだか……》
謎が謎を呼ぶ展開に頭が痛く、思考は追いつかない。
……が、少しずつ、ゆっくりと壁に埋もれていくアイアンゴーレムのカラダを眺めていると、なにかがわかりそうになるような、なにか声を出したくなるような。
ゴリゴリと、たまになにかが削られるような音を立てながら徐々に壁に沈んでいくアイアンゴーレムの姿にはどこか既視感すらあるような気さえする。そんな不思議な感覚。
そして――
《アイアンゴーレムのカラダが……》
――目の前で完全に壁に呑み込まれる、アイアンゴーレムのカラダ。
ハッと気づいたときにはアイアンゴーレムの全身が壁の中へと沈み、残ったのは動く壁だけ。
正面を見るもそこにはアイアンゴーレムがいた痕跡すら残っていない。
聴こえてくるのも、息を殺しながら立ち位置を整えるフィナンシェたちの動く音のみ。
すぐそばでテトラやフィナンシェたちが壁を警戒し行動を始めている中、どのくらいの時間をこうして壁を眺め過ごしていただろうか。
そんなに長い時間が経ってはいないと思うが、そこそこの時間が経過してしまっているような気もする。
最初は、テッドが何を言っているのかもわからず、もう少し詳しく説明してくれと思いながらただゆっくりと壁に埋もれていくアイアンゴーレムを眺めているだけだった……はず、だったのだが…………。
何がきっかけだったのか。
全ては必然だったのか。
アイアンゴーレムが壁に呑み込まれた瞬間。
頭の中でなにかがカチリとハマった。
「テトラ、脱出だ! 今すぐこのダンジョンの外へ出るぞ!!」
刹那、テトラと目を合わせつつ、全員に向かって叫ぶ。
自分でも驚くほど必死に、しかしあっさりと口から出てきた言葉に身体も軽やかに反転。
誰一人遅れることなく出口に向かって走り出したのを確認しつつ、さらにもう一声。
「全員、俺から離れるな!」
どうしてかはわからないが俺から……いや、俺が背負っているかばんの中にいるテッドから離れてはいけないような気がして、そう叫ぶ。
「トールさん、いったい何が……っ?」
「何かだ。何かがダンジョンを取り込んだ!」
「そんな……!?」
「ありえない……と言いたいところだけど、嘘じゃないみたいね」
「つまり私たちはいま、あのドロドロの体内にいるってこと……?」
ダンジョンすらも取り込んでしまった、と言った方が正しかっただろうか。
急な撤退に身体がついてこれていないのか微かに息が上がった様子のシフォンからの疑問の声に返答すると、シフォンだけでなくノエルやフィナンシェからも声が上がる。
テトラたちも、声こそ上げていないものの必死な表情。
何かがダンジョンを取り込んだというのは確認もとれていない何となくの直感でしかないが、おそらくは正しいだろう。
周囲に漂う緊張感は先ほどまでの比ではない。
「アンジェ、出口までの道順はわかるな!」
「はい、完璧に記憶しています! テトラ隊長!」
「ならいい! アンジェはそのまま先導を優先しろ! リオン、念のため前へ行き怪しいモノがあったらすぐに教えろ! 敵ならお前の判断で排除してくれてかまわない! シフォン様とアンジェの邪魔になりそうなものから排除していけ!」
「はい、テトラ隊長!」
空気はピリピリと肌を刺すように痛く、テトラやアンジェ、リオンの、普段は聞かないような必死な声まで聞こえてくるありさま。
護衛騎士たちの真剣な表情は何度か見たことがあったが、必死な表情を見るのは初めてかもしれない。
ダンジョンを取り込んだ何かの存在がそれほどやばいということなのだろう。
モノを取り込む性質と、その性質でダンジョンすらも取り込んでしまった何か。
まだまだ未知の部分が多いとはいえ、わかっている情報だけでも十分異質な脅威。
そんな存在から逃げ切れるのかとチラリと後ろを振り返ってみるも、先ほどアイアンゴーレムを取り込んだ壁が遠くでモゾモゾと動いている姿が見えるだけ。
まだあの一帯しか取り込めていないのか。
それとも取り込んだダンジョンが巨大すぎて一度に制御できる範囲が限られているのか。
いまのところはこちらを追いかけてくるような様子はないが、もし何かが追いかけてきたならばと思うと……ぞっとする他ない。