手がかりでもあれば
ここには何かなんて存在しないんじゃないか。
そう口にしかけたときに聞こえた崩落の音。
その音の直後、探るような声が聞こえてくる。
「今の音は……?」
それは確認のためだったのか、それとも単純に疑問が口から漏れてしまっただけだったのか。
誰が言ったかはわからないが、俺以外の誰かにも聞こえていたということは今の音は気のせいなんかではなかったということだろう。
その言葉に、あるいは崩落音が聞こえた瞬間に、確実に場の空気が切り替わった。
《どうすべきだと思う?》
『とりあえず、テトラに指示を仰いでみるべきではないか?』
《そうだな》
ピンと張り詰めた空気のなか念話により一瞬でテッドとの意思疎通を終わらせ、ダンジョンに侵入して以降リーダーのような立ち位置にいるテトラに目をやると、すぐに身振りと視線で『物音を立てずに慎重に進む』という指示が返ってくる。
護衛騎士やシフォンはもちろん、フィナンシェやノエルもテトラに指示を仰ぎその内容に異論はないようで、あっさりと、しかし若干の重々しさをはらんだ緊張感の中、進軍が再開する。
《さっきの音は何かと魔物が争った音か?》
『どうだろうな。戦闘中にしては魔物の鳴き声が聞こえてこなかった。案外、崩れかかっていた壁が崩落しただけかもしれないぞ』
《たしかに。音もさっき聞こえて以降また何も聞こえなくなったしな……。魔物が大量発生中のはずなのに戦闘音が連続して聞こえてこないのもおかしいか。鳴き声に関しても相手が声を持たないアイアンゴーレムだというのなら納得できなくもない。が、これも同様に魔湧き中なのにアイアンゴーレムとだけしか戦っていないというのは変な話だからな》
そう考えると、たまたま崩れかかっていた壁や、あるいは数十分から数時間前に何かと魔物が争った際に脆くなってしまった壁か天井がこのタイミングで崩落してきたという方が自然なように思える。
《とりあえず音の聞こえた方に向かってはいるものの、そこには何もいない可能性の方が高いか……》
『さあ、どうだろうな』
《どうだろうな、って……。まぁ、行ってみなくちゃわからないというのは確かだが。この分だと無駄足になりそうだな》
音以外にも判断材料があればもっと考察することもできるが、他に材料として使えそうな魔物の残骸からは何の情報も得ることができないみたいだし、音のした方へ行ってみてそこに何もいなかったらまた振り出しだ。
…………いや、もしかしたら何かが向かった先の手がかりくらいは掴めるかもしれないか。
このまま魔物の残骸を辿っていっても何かに辿り着けるかどうかは微妙なところだし、この数時間何も進展がなかったのだ。
音のした場所で何かに関することが少しでもわかるかもしれないというのならもし行った先に何もいなかったとしても見落としがないよう気合いを入れて調査してみるべきか。
――などという心配は杞憂に終わったのか、あるいは的中してしまったのか。
向かった先で目にすることになったのは、壁に上半身が突き刺さっているように見えるアイアンゴーレム…………否、アイアンゴーレムを捕食しているようにも見える動く壁。
壁に擬態する魔物がいるというような話、ましてやダンジョンの壁が動くなどという話は聞いた覚えがないが、ではこれはいったい、何なのだろうか……?
「シフォン様、お下がりください。……総員、厳戒態勢! 正体不明の壁を発見! なんとしてもシフォン様をお守りしろ!!」
「「「はっ!!」」」
「こんなの、初めて見た。ノエルちゃんはどう? 何か知ってる?」
「いいえ。私も初めて見たわ。なんだか、気持ち悪いわね……」
「シフォンちゃんは?」
「私も、このようなことは初めてです。王城の書庫にも、このような現象のことはどこにも……」
フィナンシェたちも困惑しているようだし、フィナンシェやノエルに訊いても答えはわかりそうにない。
護衛騎士たちもテトラを筆頭に最大限警戒した様子でシフォンを動いている壁から遠ざけるように行動しているし、俺たちやシフォンに情報を与えないということはテトラたちもこの壁がなんなのか知らないのだろう。
……と、いうことは。
こういったときに話を訊くべき相手は――
《テッド、これはいったい……?》
『生きた壁だな』
《生きた、壁……?》
『そうだ。生きた壁だ』
やはり、こういうときに頼れるのはテッドしかいない。
テッドに訊けば目の前のこれが何なのかすぐにわかる。
と、思ったのだが。
テッドからの返答も、中々にわかりにくいものだった……。