何かの行方
ノエルの大規模魔術が鳴りを潜めてから数分間。
行く先も知らぬ何かを追い求め結界の中を駆けずり回るも、何かは一向に見当たらない。
それどころか……。
「魔物が……出てこない……?」
フィナンシェの言ったその言葉の通り、ノエルの魔術が消失してから何分経とうともダンジョンから魔物が湧き出てくるような気配が全くない。
足音も、鳴き声も、魔物たちの行進によって地面が揺れる気配すらもなく。
俺たちの走る音以外に物音一つ聞こえないこの空間は、まるで俺たち以外何も存在していないのではないかと思えてしまうほどの静けさを保っている。
風の音すらしない、そんな不気味な静寂。
その静寂を破ったのは、ノエルの声だった。
「もしかして、限定隔離型の結界だったのかしら?」
「限定隔離型?」
「そう、限定隔離型。特殊な制限をつけることで発動できる結界のことよ」
嫌な感じはするが、とりあえず魔物が来ないのなら好都合。今のうちに何かを捜してしまおう。
そう考え走る中、ふいにノエルが呟いた言葉に思わず反応するとそんな説明が返ってくる。
「いくつか種類があるんだけど、その中の一つに任意の場所を写し取るものがあるのよ。簡単に言うと、発動した結界の範囲内にいた生物をその範囲内の風景を模した別空間に移動させる術式ね。要するに、ここはアタシたちがさっきまでいた本物のラシュナのダンジョン入口近くなんかじゃなくて、結界によって造り出された偽物のラシュナのダンジョン入口近くかもしれないってことよ」
さらに続けて詳しい説明がなされるが……。
「本物……偽物……?」
ノエルの言っている意味がさっぱりわからない。
「ねぇノエルちゃん。つまりここは別空間につくられた模型ってこと?」
「断定はできないけど、その可能性は高いと思うわ。あるいは、普通の隔離型結界だけど結界の強度が高すぎて魔物が結界を突破できないって可能性もあるわね」
「……ダンジョンの出入口付近に張られた結界を破壊できずに、ダンジョン内から魔物が出てこられないということか」
フィナンシェやテトラはノエルの言っていることを理解できているみたいだが、理解できていないのは俺だけなのだろうか?
《なぁ、テッド。ノエルが言っていたこと理解できたか? この景色が別空間につくられた偽物だとか結界が強すぎて魔物が結界を突破できないんじゃないかとか……いや、出入口付近に張られた結界を突破できないから魔物がダンジョンから出てこないっていう方の理屈は俺も理解できたんだが……》
結界発動時に結界内にいた生物を結界の範囲内の風景を模した別空間に移動させる術式、という方は全く理解できる気がしない。
特に別空間がどうとか風景を模したとかいう部分がわからない。
が、一応わからないなりに考えてみると……俺たちは気づかないうちにいつのまにかダンジョン入口前そっくりな場所に移動させられていて、さっきノエルが魔術を放ったときにちらりと見えたあのダンジョン入口も実は偽物だから中から魔物が出てくることはない、とか、そういうことなのだろうか?
仮にそうだとした場合、じゃあ今いるこの場所はどこなのかとか本物のダンジョン入口前は今どうなっているのかとか、そもそもノエルやテトラたちに気づかれずに俺たちを移動させることができるような人間が存在するのかとか、今度はそういった疑問が浮かんでくるが……と、こんがらがりそうになる頭で色々と考えていた俺の疑問は――
『バカか、お前は。わからないことを考えていても仕方ないだろう。そういう結界があると思って納得しておけ』
《いや、わからないからこそ理解できるよう考えなきゃいけないんじゃないか?》
『いま考える必要のないことを考えているからバカだと言っているのだ。いまお前がすべきことは結界について理解を深めることではない。魔物が出てこないのが本当に結界の効果なのかどうか、まずはそれを確認しろ。何かは何でも食える化物なのだぞ』
《あ、そうか……》
――と、テッドのそんな言葉に一蹴される。
いま考えるべきは結界の効果を把握することではなく魔物が出てこない理由が本当に結界に由来しているのかどうか。
そしてもし、もしも結界が原因でなかった場合。何かのいる場所は一ヶ所に絞られる。
何でも捕食できる能力を持った何かと、何故かやってこない魔物。
これらのことから、結界が原因でなかった場合……ノエルの言っていたことが真実でなかった場合に、魔物が来ない理由として考えられることは一つ。
そう考え、全員に意見を伝え、向かった先。
果たしてそこには――無惨にも打ち捨てられた魔物のカラダの一部が、点々と転がっている光景が広がっていた。