見落とし
森の中での乱戦。
日が暮れ始め、敵の数は残り十。
疲弊した俺とフィナンシェ。疲労の色を見せない敵。
明らかな劣勢にもうダメかと思ったとき、フィナンシェを囲んでいた敵の一人が火に包まれ、さらに俺の近くにいた敵の頭部に矢が突き刺さった。
「……え?」
あっという間に二人がカード化。
突然のことに気を取られているあいだにさらにもう一人、俺の近くにいた敵の腰に矢が刺さる。
何が起きたのかよくわからないながらも帯剣していた短剣を右手で引き抜き勢いそのままに腰に矢が刺さり動きが鈍った敵の首を斬りつける。
さらに一人カード化した。
残敵七。
敵も俺たちも矢が飛んできた方へと注意を向ける。
まず目に入ったのは二人。
物凄い勢いでこちらに走り寄ってくる大柄な剣士風の男。
剣士風の男を追いかける身軽そうな、しかしがっしりとした身体つきのおっさん。
さらに二人。
動きやすそうなドレスの上にケープを身に着けた胸のデカいお姉さん。
弓に新たな矢をつがえようとしている青年。
この二人は男たちの遥か後方に控えるように立っている。
味方と思われる存在が、四人。
おそらく四人で編成された冒険者パーティだろう。
というか、あれは――
「おーい! 大丈夫かー! 助けに来たぞー!」
剣士風の男から森を揺らすような大声が発せられる。
力強く、野太い声だ。
非常に聞き覚えがある。見覚えもある。
「トンファさん!?」
フィナンシェが驚いたように叫ぶ。
そう。物凄い勢いでこちらに近づいてくる野蛮そうでうるさい剣士風の男は、筋肉ダルマだった。
どうして、なんでここに、そんな疑問が浮かぶは今はそんな事どうでもいい。気にしている場合でもない。
筋肉ダルマの声に一瞬怯んでいた敵も再び動き出している。
筋肉ダルマが声を出すのと同時、妖艶そうなお姉さんがこちらに向けて伸ばした右腕の先から炎が、青年が構えた弓から矢が放たれたがどちらも防がれた。
声に怯みながらも敵はしっかりと魔法と矢に対処したのだ。
先ほど三人を簡単にカード化できたのは不意を突いていたからだ。
油断してはいけない。敵は強い。
「近くにいる敵は七人! おそらく全員カードコレクターに操られてる!」
「わかった!」
筋肉ダルマたちに聞こえるように叫ぶと頼もしい返事がきた。
先頭を走っていた筋肉ダルマがフィナンシェのもとに辿り着く。それと同時に大剣を一振り。
それだけでフィナンシェの周りにいた四人のうち二人が吹き飛んだ。
筋肉ダルマの剣を正面から受け止めた一人が背後にあった木まで弾き飛ばされ、もう一人は剣が振られた際に発生した風圧で吹っ飛んだ。
凄すぎる。
剣に触れてもいない奴が二メートル近く吹っ飛ばされた。
フィナンシェが今の私よりも筋肉ダルマの方が強いと言うわけだ。
筋肉ダルマの放った一撃を横目に見ながら敵の攻撃をかわし続けること数秒。
俺の方にも、華麗に敵の攻撃をかわしながらフィナンシェたちの横を通り抜けて来た軽装備の男が到着した。
「アンタがスライムを連れてるって少年か。俺はクライヴってんだ、よろしくな。にしても、まさかスライムを目にする日が来るなんて思わなかったぜ。おっと、これ以上は近づけねえな。これがスライムの魔力に触れると感じるっていう例のアレか。何の覚悟もなしにこれに触れたら気ぃ失っちまうなこりゃ」
クライヴと名乗ったおっさんは軽口をたたきながら左腕の盾で敵の攻撃を受け流し体勢を崩した敵に右手の剣で止めを刺している。
さらに流れるような動きでいつの間にか左手に持っていた短剣を別の敵へと投擲。
新たに飛んできた矢を回避したばかりの敵はクライヴの盾の陰から急に現れた短剣に驚いたのか焦ったように短剣を弾こうと剣を動かし、そこで動きが鈍った。
鈍った動きで辛うじて短剣を弾いた敵の腕をクライヴが切り裂く。その後、追撃もせずにすぐに後退。
どうして追撃しないのかと思った次の瞬間には腕を攻撃され剣を取り落とした敵の身体に矢が突き立っていた。
さらに二本の矢が突き立ったところでその敵はカード化。
「悪いな、獲物を横取りしちまって。アンタたちならこんな敵余裕だろうが俺もリーダーからアンタたちを守れって命令受けてここに来てるからな。悪く思わないでくれ」
クライヴはそう言いながらも懐から短剣を一本取り出し、残った敵へと投げつけている。
投げられた短剣を目で追っているとキラリと眩い光が目に入り込み、思わず瞼を閉じてしまった。
残念ながら短剣は避けられてしまったようだが先ほどカード化した敵が動きを鈍らせた理由はわかった。
反射というやつだ。
昔、川が光っているのを面白がっていたら院長が教えてくれた。
短剣の刃に夕焼けの光が反射し、それであの敵は動きを鈍らせたのだ。
たまたま光が反射してたまたま敵が動きを鈍らせたわけではないだろう。
クライヴは反射するとわかっていて投げた。いや、敵の動きが鈍るタイミングで反射するように計算して投げたのだろう。
おそらく、長年の経験で培ってきた技術ってやつだ。
とにかく、これでこちら側の敵は左肩の衣服が破れた奴が一人。
最初に出てきた二人組の片割れ、こいつがカルロスか、それともケインかはわからないが因縁の相手だ。
ただ、こいつの相手はクライヴと弓使いの青年になるだろう。
俺にできるのは、相手がテッドの半径三メートル以内に近寄れないことを利用して敵の動きを阻害するくらいだろう。
「があああああ!」
魔物の唸り声のような声に振り向くと、フィナンシェたちの方も残り一人となっていた。
魔物みたいな声を上げながら剣を振り続ける筋肉ダルマ。
その一撃一撃は見ているだけでもとても重いとわかる。
少なくとも俺が耐えられる重さじゃない。あんなのを一撃でも食らえば間違いなく俺は死ぬ。
しかし、筋肉ダルマの凄まじい膂力から繰り出されるそんな連撃も、一人の敵によってすべて受け流されている。
筋肉ダルマの攻撃を捌ききっている敵は最初に投げナイフを投げてきた奴だ。
敵は全員同じ格好をしていたため判別しにくかったが、投げナイフの奴の右腕にはフィナンシェにつけられた傷がある。
体格も最初に姿を現した奴にそっくりだ。間違いないだろう。
投げナイフの奴は十分デカくたくましい身体つきではあるが筋肉ダルマと比べると一回り以上小さい。
それなのに全く後退することなくその場で筋肉ダルマの攻撃を捌き続けている。
その技量はまさしく一流だ。
フィナンシェと筋肉ダルマで敵の動きを誘導し、そこにお姉さんの放った炎が襲い掛かるも敵の放った水魔法によって打ち消されている。
筋肉ダルマの攻撃に合わせるようにして繰り出されたフィナンシェの攻撃もギリギリのところで避けられる。
敵はあの二人の猛攻をかわしながら魔法にも対処している。
それどころか、飛んできた炎を打ち消す際に使用した水魔法がフィナンシェたちの目や服にもかかっている。
あれでは視界はふさがれ、服も水を吸っていることだろう。
おそらく、そのせいでフィナンシェたちは攻め切れていない。
あのレベルの攻防の中では、たとえ一瞬とはいえ視界をふさがれるのは致命的だろう。
フィナンシェと筋肉ダルマは二人の力を合わせることで致命的な状況を回避しているみたいだがそのせいで敵に攻撃が当たっていない。
服にかかった水に関しても、フィナンシェの技量と筋肉ダルマのパワーがあれば服が重くなるくらいはなんともないだろう。
しかし、肌に張り付いた服は若干とはいえ行動を阻害し、濡れた身体は冷えやすい。
孤児院近くの川でよく遊んでいた俺にはわかる。あれはきつい。
しかも、辺りは暗くなり始めこれからどんどん寒くなる。
戦闘が長引けばそれだけ二人が不利になる。
フィナンシェはよくあんな凄い奴相手に傷を負わせられたな。
明らかに相手は戦闘慣れしている。
フィナンシェと筋肉ダルマの剣の腕は凄い。凄いが、あれだけ綺麗に捌かれてしまってはどうしようもない。
相手の戦法が上手くハマってしまっている。
早いところ、こちらの敵を片づけてフィナンシェたちの加勢に行かなければまずいことになる。
そう直感した。
俺の感はよく当たる。
だからこそ、早く目の前の敵を倒さなければと思った。
しかし、このときの俺は焦りすぎていたのだろう。
生まれて初めての殺し合いで緊張していたのかもしれない。
俺は、ある重大なことを見落としていた。
戦闘シーンを描写するの難しすぎる。