新たな行き先
「シフォンちゃん! みんな!」
「テトラ、何かには触るな!」
何かへの対抗手段を考えるも考え及ばず、何もできぬまま再び動き出してしまった何かがシフォンたちのいる方へと向かって消えていく。
それを見たフィナンシェはシフォンたちの心配を。
テッドから何かが横を通り過ぎシフォンたちのいる方へ向かっていると聞いた俺もテトラに敬称をつけることすら忘れテトラのみならずシフォンたち全員に向けて忠告する意味を込めて一声上げる。
情けないとも思うが、それが今の精一杯。
動きを止めようにもどうすれば動きを止められるのかわからないし、近づけもしない。触れるもの全てをその身に取り込んでしまうような存在を相手に俺たちができることはただ注意を促すことだけ。
とりあえずフィナンシェと一緒に何かの後を追ってはいるが、このまま追い続けたとして果たして俺たちに何かを止めることができるのかどうか。
何かを倒す展望は、全くない。
《テッド、かばんに隠れろ》
『もう入っているぞ』
《は? いつのまに……》
展望がなくとも、放置はできない。
攻撃はできずともテッドの魔力を利用すればなんとかできる可能性もなくはないし、とにかくできるだけのことをやってみるしかない。
そう思い何かを追いつつテトラたちまでの距離が縮まってきたためにテッドにかばんへ隠れるように言うと、もうすでにかばんに入っているとの声が返ってくる。
先ほどまでテッドが乗っていた左肩を確認してみると、たしかにテッドはいない。
右肩や頭の上に移動したわけでもなく、従魔契約によるつながりもテッドがかばんの中にいることを示している。
そして……。
「トール殿! 今のはいったい何だったのだ? 凄い速さで何かが通り過ぎていったが……」
テッドがいつのまにかばんへ移動したのかわからなかったことに驚きながらそんなことにも気づけないほどの精神状態にあったのかと反省していると、反省しているうちに近づいたのかすぐ近くからテトラの声が聞こえてくる。
「わからない! が、放っておくのもまずい! 俺とフィナンシェは何かを追いかける! できればシフォンたちもついてきてくれ!」
いつのまにかすぐ近くまで近づいていたテトラからのその声に考え事をしている場合ではなかったと軽く反省しつつ頭を切り替え必要な情報とできればシフォンたちにもついてきてほしいという願望を告げると、テトラではなくシフォンからすぐに返事が返ってくる。
「わかりました! 私達も行きます!」
……と、俺にとっては嬉しい返事。
若干被せ気味に返ってきたその声は間違いなくシフォンのもの。
しかし、シフォンたちの中で一番偉いシフォンがその言葉を発したからといってシフォンたちがついてきてくれると完全に決まったわけではない。
今は平時ではなく戦闘中。それも、想像もしていなかった事態が立て続けに起こってしまっている緊急時。
それゆえにこういった場での最終決定権はシフォンではなくシフォンの護衛騎士隊隊長であるテトラにあるのではないかと予想できる。
だからテトラが頷くまでは安心はできない、とは思ったものの……。
「テトラ」
「はっ! 皆聞け! これより我々はシフォン様の御心のままにトール殿、フィナンシェ殿と行動を共にする! 目的は正体不明の敵の撃滅だ! 心してかかれ! ……トール殿、フィナンシェ殿、敵の詳細な情報を頼む」
心配する必要など最初からなかったのかシフォンから名前を呼ばれたテトラはすぐさま他の護衛騎士たちに対し命令を下し、護衛騎士たちが返事をするや否や俺とフィナンシェに向かって敵の詳細な情報を教えてくれと頼み込んでくる。
テッドの話によると何かがシフォンたちをも追い越し向かっていった先はラシュナのダンジョン。
正直なところシフォンを目指して魔物が集まってくるなか魔物の発生源であるラシュナのダンジョンに向かって進んでいくのは俺とテッドとフィナンシェだけでは厳しいと思っていたし、テトラたち護衛騎士がついてきてくれることになったのは助かる。
「トールさん、フィナンシェさん、一度回復します!」
シフォンに近づいたことでシフォンの回復魔法による傷の治癒と体力の回復もでき、体調も万全に。
何かを追いかけ大量の魔物に正面から向かっていくという状況で互いに距離を置きすぎたり突発的なことをしたりするのはよくないだろうからこの場でテトラ以外の護衛騎士にテッドのことを紹介し新たな陣形を構築するということはできないが、それでも十分なほどの戦力増強。
ここから先はテッドの魔力に頼れない上に回復されたことによって先ほどまでの研ぎ澄まされていたかのような感覚は鳴りを潜めてしまったが、先ほど行えていた効率的な身体の動かし方はまだ覚えているし回復してもらったおかげで身体もよく動く。気怠さや痛みもなくなった。
これなら何かを追いかけるだけならなんとかなりそうだ。
そう思いつつ走り出した先では、ノエルが発動したのであろう巨大な炎や雷の雨が周囲を煌々と照らしながら猛威を振るっていた。