三つ目の厄介事
二個目の核を破壊し、残りはあと一つ。
フィナンシェも核を破壊する要領を掴めたみたいだから最後の核の破壊にはそれほど時間はかからないだろう、と思ったのだが……。
「右上! 左下! 正面! 後ろ! またさらに背後!」
テッドから伝えられた核の位置を間を置くことなくフィナンシェに伝えるも、中々トドメが刺せない。
最後の悪あがきなのか核が残り一つとなってからは核がカラダの中を移動する速さが格段に上昇したらしく、何かの動きに関してもこれまでとは異なりただ正面から魔物の腕や爪を生やしてくるだけでなく器用にカラダを伸ばし、カラダの一部をフィナンシェの背後に回しそこから挟み込むようにフィナンシェを攻撃したりあるいはそこに核を避難させたりと、カラダの運用方法が先ほどとは比べ物にならないほど上達しているらしい。
「左! 下! 左! 右!」
今もテッドから伝えられた情報をできるだけ簡潔に素早くフィナンシェに伝えてはいるが、三個目の核が破壊されたような音は一向に響いてこない。
核が移動しきる前に伝えなくてはいけない関係上フィナンシェへの指示が大雑把になりすぎていることも核を捉えきれない原因の一つなのだろう。
しかしそれ以上に核がテッドの予測を振り切る速さで動き続けているというのが大きい。
二個目の核が破壊されるまでよりも自由に変形し自在に動き回るようになったカラダの中を移動する核を捉えきることは困難を極める。
フィナンシェならばテッドからの核の移動予測を聞き続けたことによって多少は核の位置が見えるようになっているはずなのに、それでも捉えきれないほどの速さ。
この目まぐるしい戦闘の中ではテッドも俺に指示を出している余裕はなく、俺もテッドの指示なしでは戦闘に参加はできない。
先ほどまでとは違い、一対一の戦闘。
幸いなことにフィナンシェがこの暗闇の中でもしっかりと視界を保てているおかげで敵の攻撃を避ける指示まで出さなくていいというのは良いが、それでもやはり二対一から一対一になってしまったこともあってか敵の動きが素早く鋭い。
俺がもう一度参加しようにもおそらくは戦闘に加わろうとした瞬間に敵の攻撃を避けきれずに瀕死になってしまうだろうし、これ以上は近づきたくても近づけないのが現状。
かといってテトラたちからの支援も期待できず、このまま何もしないというのも……。
フィナンシェに指示を伝えつつシフォンを狙って集まってきたのだろう魔物のうちテッドの三メートル以内に近づき動けなくなった魔物をカード化し、そう考えたときだった。
ヒュッ、トッ。
突然どこかから聞こえてきた聞き覚えのあるような風切り音と物が地面に突き刺さるような音に、近くに倒れていたメタルリザードにトドメを刺そうと剣を構えた姿勢で身体の動きが停止する。
《テッド》
『ナイフだな。先ほどのカードコレクターだろう』
その音の正体を確かめるためにテッドの名前を呼ぶと、すぐに答えが返ってきた。
《こんなときに……まだカード化してなかったのか》
『そのようだな』
シフォンを狙って魔物が集まってくるこの状況。
テッドの魔力に当てられて発狂したあの状態では確実に魔物の群れに飲まれカード化すると思っていたのに……というより、もうすでにカード化したものとしてすっかり忘れていたというのに、まさかよりにもよってこんな大変なときに姿を現してくるとは…………。
ヒュッ、ヒュヒュッ。
ナイフを投げてきた者の正体について思案しつつ、続いて飛んできた三本のナイフを避け、確信する。
《この音。この投げ方。間違いないな》
『ナイフも見覚えのある形状だ』
外したのか、外されたのか。
当たりはしなかったが、当たってもおかしくない位置に飛んできたナイフたち。
足元すぐ近くに突き刺さったそれらのナイフは間違いなく、【豪快】のカーベと名乗った男の物だった。
ただでさえ四方八方から集まってくる魔物と正体不明の何かの相手で忙しいこの状況に現れた、俺とテッドを狙っているカーベという名のカードコレクター。
コイツの相手をしないといけなくなるとすれば俺とテッドはフィナンシェに指示を出せなくなるし、そもそもカーベは俺たちよりも数段実力が高い。
まだ発狂しているのか、あるいはもう発狂からは立ち直っているのか……どちらにせよ、カーベと別れたあの場所からここまで俺たちを追いかけてきて、さらにはナイフを投擲できるだけの体力が残っていたことは間違いない。
気になるのは、発狂して、少なくない数の魔物の相手をしてここまで来て、それであとどれだけの力が残っているのかだが、そのまえに……。
「フィナンシェ! カードコレクターが現れた! 俺たちはコイツの相手をするから指示を送れなくなる! 悪いが一人でソイツの相手をしてくれ!」
「うん、わかった! トールとテッドも気をつけ……って、トールたちなら平気だよね。こっちは任せて!」
フィナンシェへカードコレクターの出現とその相手をするせいで指示を出せなくなることを連絡し、ナイフの飛んできた方へと向き直る。
《テッド、準備はできてるな?》
『無論だ』
剣を構えながら、テッドに魔法玉の使用準備ができているか確認。
確認を終えたところで、考える。
いくらカーベが強いといっても理性を失いがむしゃらに剣を振り回してもいたのだからさすがに身体に疲れも出ているはずだ。
問題はその疲労しているカーベと傷だらけの今の俺のどちらが強いのかということだが……とにかくやれるだけのことをやってみるしかないか。
そう考え剣を握る身体は、意外にもいつもより調子がいいような気がした。