反撃の狼煙
すぐ目の前には生物かどうかもわからない正体不明の何か。
周囲にはシフォンに向かって集まっていくらしい大量の魔物たち。
そんな殺伐とした緊張感溢れる場に現れた、どこか気の抜けるような恍けたことを言う声。
「あれ、トール? テッドもいる。……ということは私、ナールまで来ちゃった?」
俺とテッドのことを知っていて、尚且つこの状況でこんな恍けたようなことを言うようなヤツは一人しか心当たりがない。
「フィナンシェ? どうしてここに?」
フィナンシェ・デラ・ウェア。
俺やテッド、ノエルと同じパーティに所属していて、シフォンの友達でもあり、凄腕の冒険者。
聞き慣れた声であるし、発言内容とその口ぶりからしてもフィナンシェであることは間違いない。
しかし、フィナンシェは今シールの防衛に参加しているはず。
それなのに、どうしてここに……?
「うーんとね。簡単に説明するとそこにいるドロドロを追いかけてて…………途中で一回見失っちゃったんだけど……もう一度見つけて追いついたらトールたちがいたの。そのドロドロ、カラダに取り込んだ魔物の能力やカラダを復元して使えるみたいだから気をつけて。……それと私からも一つ訊きたいんだけど、向こうの火。あそこで戦ってるのってシフォンちゃんとテトラさんたちだよね? どうしてみんな同じ場所にいるの?」
戦闘中にもかかわらず珍しく外面モードではないフィナンシェが質問に答える。
ドロドロ――正体不明の何か――を追いかけてきたらここに着いたということらしいが、まさかシールからナールまで魔物の群れを突っ切ってここまで来たのだろうか?
ラールからナールまで来たシフォンたちもシフォンを狙った魔物に左右正面から襲われたりしただろうとはいえ、ラールからナールまでなら魔物たちもそのほとんどがラールからナールに向かって移動していたはずだから、上手くその流れに乗りさえすればここまで来ることもそこまで大変ではなかったのではないかと思う。
だが、シールからナールまではラシュナのダンジョンを出てからナール方面へと進行していく魔物たちの流れに垂直にぶつかることとなる。
もしかしたらシールからナールまでの間にいた魔物たちもシフォンに引き寄せられてナールに向かう流れができていたのかもしれないが、今も松明を持ち戦闘中のシフォンたちのもとにシール方面から来る魔物の数が少ないように見えることを考えると、こことは反対側――シール側のナール街壁に阻まれここまで辿り着けなかったのだろう大量の魔物たちがナール街壁付近にたむろしている姿をフィナンシェが目撃している可能性も相当に高い。
そしてその場合、お人好しのフィナンシェがナール街壁に集まった大量の魔物を無視して何もせずにここまでやって来たとは考えにくい。
いくらいま目の前にいる何かが正体不明で脅威に感じられるといってもナール街壁に集まっているであろう大量の魔物たちと目の前の何かを比べればさすがにナール街壁に集結しているだろう魔物たちの方が危険度が高いように思うし、おそらくはフィナンシェもそう考えている……いや、そう考えたはず。
フィナンシェはいま目の前の何かを追いかけてきたけど一度見失ったとも言っていたし、ではなぜ見失ったのかといえばナール街壁に集まった大量の魔物たちをナールの戦力だけでも対処可能な数まで減らしてきたからと考えれば辻褄が合う。
ということはやはり、フィナンシェは百や二百ではきかないであろう数の魔物たちを倒してここに来たのではないだろうか。
ただ、それにしては息が全然上がってないようにも見えるが……いや、重要なのはそこじゃないか。
《テッド。『直になんとかなる』ってのはこういうことか?》
先ほどまでのテッドの余裕の根拠がフィナンシェだったのだとすれば納得できる。
フィナンシェでも解決できないようなことはおそらくほとんどないだろうし、こと戦闘に関しては抜群の才能と実力を持っているフィナンシェなら目の前の何かもどうにかして倒してくれることだろう。
数十秒前はまだテッドの感知範囲内にいなかっただろうフィナンシェの接近をどうやってテッドが察知したのかは知らないが、直になんとかなると言っていたのはフィナンシェが来ることを指していたのかとほとんど確信を持ちつつテッドに尋ねる、が……。
『違うぞ』
返ってきたのは、全く予想外の答え。
《え、違うのか?》
『違うぞ』
再度確認するも、やはり違うらしい。
《なら、『直になんとかなる』っていうのは何を根拠に言っていたんだ?》
再三考えた通り、やはり事実無根のいい加減な言葉だったのだろうか?
そうも思ったが、どうやらそれも違うらしい。
『核だ。ソイツの核となる部分を探していた』
《核?》
『捉えられるか否かはおろか、存在しているかどうかすら不明だったから黙っていたが、いま捉えた。ソイツのカラダの中に三ヶ所、他の部位とは明らかに異なる部分がある。おそらくそこがソイツの弱点だ』
テッドの言葉の根拠は何かの核=弱点を見つけること。
核が存在しているかどうか、見つけられるかどうかがわからなかったことを考えると確率的には半々よりもさらに悪い確率だったのだろうし見つけられなかった場合には俺とテッドは確実に死んでいただろうが、実際に見つけられたということなら文句はないし全くの事実無根というわけでもなかったのだろう。
しかも、テッドの根拠が成立したことに加えてさらにフィナンシェまでこの場に加わった。
状況は明らかにこちらに有利な方へと転がってきている。
《よくやった。その三ヶ所をすぐに教えてくれ》
「フィナンシェ、テッドがそのドロドロの弱点を発見したらしい。場所を教えるからアイツを倒すのに協力してくれ」
「うん、わかった!」
『ソイツは流動体の変形型だ。核も常に一所に留まっているわけではない。核の移動先を予測して伝えるから、その周辺を一気に弾き飛ばせ。まずは――』
早速とばかりにテッドへと弱点の指示を頼みながらフィナンシェに協力を願い、反撃の準備を開始する。
結局正体はわからなかったが、これでコイツもお終いだ。
そう思い、痛む身体を気合で抑え込みながら何かに向かって駆け出した。