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勝利の鍵

 敵が動かなくなったがための小休止。

 本当ならここで敵に攻撃を加えたいところだが、テッドが『休んでおけ』『直になんとかなる』と言ってくるくらいなのだから今は大人しく休んでおいた方が良いのだろう。

 どのみち傷口から血を流し続けたまま戦闘を継続するわけにもいかないし、劣勢のこの状況からなんとかなるような気も全くしないが、今はテッドを信じるしかない。

 そう考えながら、傷を負った箇所に簡単に手当てを施していく。


 戦闘中は大して気にならなかったが、いざ改めて意識してみると結構痛い。

 擦り傷、切り傷、打撲、裂傷……。

 傷つき方の違いのせいか鈍い痛みから鋭い痛みまで様々あり、血を流しすぎたせいか治療もおぼつかない。

 魔力を温存するために魔光石を使用していないとはいえ自分の身体のことであるしテッドの補助もある。かばんの中のどこに何があるのかも大体は把握している。

 にもかかわらず、治療に時間がかかる。


 普段ならとっくに終わっていただろう手当てがまだ終わらないという事実とまたいつ動き出すとも知れない敵が近くにいるという不安。

 ゆっくりと過ぎる時間の中、身体は上手く動かないのに頭だけはしっかりと働いているという状態のせいで妙な焦りと不安ばかりが募っていく。

 打開策の一つも思いつかないこの状況。

 身体の状態も深刻だが、心の方がもっと深刻な状態にあるかもしれない。


《本当になんとかなるんだろうな?》


 治療も終盤。

 あとは右腕のかすり傷から流れ出る血を止めるだけといったところでテッドにそう確認する。


『心配するな。悪いようにはならない』


 テッドはすかさずそう返してくるが、いまいち信じきれないのはテッドには変に自信過剰なところがあるからだろうか。

 人魔界にいた頃から自分が最弱と呼ばれるスライムであることも忘れ自身の数倍は大きい魔物に戦いを挑もうとしたりこの世界に来てからも根拠のない自信を振りかざし当てにもならないようなことを言ったりと、テッドの言うことには明確な理由が伴っていないことも多い。

 その自信に救われてきたこともあるとはいえ、治療をしてみてわかったがさっきのまま傷の手当てもせずに戦闘を続行していたら俺は今頃倒れていただろうと自信を持って言えるほどの状態にあった。

 それを考えると、テッドの『休んでおけ』という言葉は正しかったのだろうが『直になんとかなる』という言葉は俺を休ませるための嘘、あるいはいつもの何の根拠もない戯言だったのではないかという気さえしてくる。


 真か嘘か。

 テッドの発言通りならこの状況を覆せるような何かがこの先には待っているらしいが、本当にそれを信じてよいものかどうか……。

 信じるのであればこのまま動かずしっかりと身体を休めておくべきだし、信じないのであればこの右腕の治療が終わり次第すぐに敵に攻撃を試みてみるべきなのだろう。

 だが、その決断次第では生死が分かれるかもしれない。

 そう思うと、決断は早い方が良いが急いではならず慎重にすべきというなんとも決め手に欠ける袋小路に迷い込んでしまう。

 戦うべきか休むべきか。

 テッドが『なんとかなる』という発言の明確な根拠を明かさないことから考えておそらくはこのまま休んでいてもなんとかはならないのだろうとは思うが、だからといって正体のわからぬ敵にどのような攻撃を与えればよいのかもわからない。

 休んでいれば状況が好転するという保証もなければ戦えば状況が好転するという保証もない。

 あるのはテッドの『なんとかなる』という発言だけ。

 なまじ拠り所としてしまいたくなるような発言がある分、余計に判断に迷う。

 ――が、決断の時は来る。


 当然のことながら、悩みながら手を止めていたわけでもなければ時間が止まっていたわけでもない。

 必然、治療は進み、答えが出ないまま右腕の止血が終了。

 それにより、目立った傷の手当てがすべて完了する。

 そしてこうなってしまえばあとは休み状況を見守るか戦って状況が一転することに賭けるか、二つに一つ。どちらか決断するしかない。


 問題は、どちらに任せるか。


 頭では、戦った方がいい。

 心では、テッドを信じたい。


 頭と心。

 相反する二つの考え、二つの気持ち。


 とはいったものの、実のところどちらを選ぶかはとっくに決まっていたのだろう。

 答えはすんなりと出た。


《もう一度訊くぞ。本当に、なんとかなるんだな?》

『心配するな。なんとかなる』


 テッドを信じ、このまま動かない。


 テッドに再度聞き返した時点で、その選択をすることは決まっていた。


 やはり、テッドは相棒。

 どちらが正解かわからず、テッドが動かぬ方が正解と言うのであれば、俺は動かない。

 そう考え、選択し、勝負の行方を決めるというその何かを待つことにした、たった数秒後――


「あれ、トール? テッドもいる。……ということは私、ナールまで来ちゃった?」


 ――フィナンシェ(勝利の鍵)が、その場に現れた。

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