正体不明の何か
無事にシフォンたちと合流し、挟撃のような形でシフォンや俺たちの後ろまで迫ってきていた魔物たちと戦いながらシフォンたちがなぜナール近くにいるのかを聞き終え、現状を少しでも好転させるためにテッドの存在をシフォンとテトラ以外の五人にも明かそうとしたとき――それは、突然に現れた。
その指示が頭に響き渡ったのはシフォンたちと合流して少し経ったときのことだった。
『避けろ!』
テッドにしては珍しく、逃げ場の指定もない必死そうな声。
その声に咄嗟に身体が反応し、隣に立っていたシフォンを右手で押し飛ばしながらその反動を利用し左に跳ぶ。
直後耳に届いたのは「きゃっ」というシフォンの驚いたような声と、シュッ、ドッ、ドンッという三つの音。
おそらく最初に聞こえたシュッという音は何かが空気を切り裂きながら鋭い速さで俺たち目掛けて振り下ろされた音で、ドッというのはそれが地面に突き刺さった音、ドンッというのはそれが地面に突き刺さった結果地面が大きく抉れたかなにかした音だろう。
その証拠に跳び退いた先の地面は不自然に大きくひび割れていて、先ほどまで俺たちが立っていた場所からはゴリゴリという何かが削られるような音とうぞうぞと何かが蠢いているような音が聞こえてきている。
《テッド、これは……》
『わからん。何かが落ちてきたのは確かだが、それが武器なのか生き物なのかすら判断がつかん』
《動いているような音が聞こえるが? 生き物じゃないのか?》
『だからわからんと言っている』
どこへ、一体何が、などと考えてから行動していたのでは間に合わなかったほどの速さで落ちてきたというその何か。
それの正体を確かめようとテッドに訊いてみたものの、返ってきた答えは不明という余計に謎が深まるような言葉のみ。
しかも、テッドの感知でも生物かどうか判断不可能となるといよいよもって正体がわからない。
《距離をとった方がいいんじゃないか?》
とりあえず、敵は正体不明の何か。
いま目の前で蠢いているこれが敵本体なのか敵の攻撃に使われた道具や魔法の一種なのかはわからないが、テッドからの回避の指示がギリギリになってしまうほどの速さでこれが落ちてきたことを考えると、ほとんど目と鼻の先程度しか離れていないこの状況は非常にまずい。もし次も先ほどと同じような速さでこれが動くのだとしたら、この距離では確実に避けられない。
そう考えての提案、だったのだが……。
『このままでいい。むしろ、この距離を保て』
意外にも、テッドからの返答は目の前の何かから離れるなというもの。
近づくことはもちろん、離れることもしてはダメだという。
《どうするつもりだ?》
離れるなという言葉と背中のかばんの中でテッドが動いていることからテッドが何を考えているのかなんとなく察しはついていたが、念のためそう尋ねてみる。
『こうするつもりだ』
案の定、返ってきたのは自信たっぷりな言葉とかばんから出たテッドが肩の上まで移動してくる感触。
テッドがかばんから出てきたということは、テッドは目の前の何かに対し魔力での威圧を試してみるつもりなのだろう。
目の前の何かとの距離は大体二メートルくらい。
この世界の生物がテッドの魔力に反応する距離、三メートルよりも近い距離にいるわけだし狙いとしては悪くないと思うが……。
《おい、テトラたちに影響はないのか? それにもしこれが生物じゃなかった場合はどうするんだ?》
テッドに対し念話で送ったのは、当然の疑問。
今この近くではテッドの魔力に耐性のないテトラたち護衛騎士六人がいる。
理由はわからないみたいだがシフォンを狙って魔物たちがこの場所に集結しつつあるこの状況で護衛騎士たちが動けなくなったらそれこそ圧倒的な物量に押され、潰されてしまう。
それに、もし目の前で蠢いている何かが生き物でなかった場合にはテッドの魔力に触れたところで何の効果も発揮しない。
そして目の前の何かに対してテッドの魔力が何の効力も持たないのだとすれば目の前の何かを操っている何者かが次に行動した瞬間に俺とテッドは物言わぬ死体に成り果てる可能性が高い。
テッドのことだからしっかりと考えた上でかばんから出てきたのだとは思うが、実際のところそこら辺の対策はどうなっているのだろうか?
テトラたちへの影響に関してはすでにテッドがかばんから出てきてしまった時点でテッドの魔力に触れ動けなくなってしまっている可能性が高いからもうどうしようもないにしても、せめてテトラたちが動けなくなってしまった場合の策と目の前のこれがテッドの魔力に怯えなかった場合の策はいま聞いておきたいんだが……。
『安心しろ。護衛騎士たちはソイツを警戒し、シフォンを遠ざけるために十メートル以上は離れた場所まで移動している』
どうやら、テトラたちは一ヶ所に固まってシフォンを守りながらこの場所から離れているらしい。
それなら、テトラたちへの影響はないか……。
俺たちの周囲にやってくる魔物たちもテッドがかばんから出ているこの状況なら今すぐ接近してくるということもないだろうし、しばらくはなんとかなる。
しかしそうなってくるといま魔物たちよりも問題なのは目の前のこれになるんだが、これが生物じゃなかった場合俺たちは一体どうすれば……。
そう若干の不安を覚えながら、テッドの言葉を待つ。
そして――
『そして、ソイツが生物でなかった場合は――』
《生物でなかった場合は?》
……その後テッドから聞かされた内容に、俺は愕然とした思いを感じた。