その手に掴むは
ランゼの持つ力はランゼのイメージに左右される。
イメージが明確で具体的であるほどに祈りの実現確率が高くなり、祈る気持ちが強ければ強いほどに祈りの実現に要する時間が短くなる――それが、ランゼの“祈り”の力。
そして、トールたちのそばで祈っていた時のランゼは元いた場所に帰りたいという気持ちが強く、元いた世界、国、町、家、自分の部屋と、行きたいと願う場所のイメージも明確であった。
ゆえに、トールたちを供物とし祈りを捧げていた際発動されていたランゼの祈りの力はランゼのこれまでの人生の中で最も強大。
その強い祈りは白光結界内に存在していた魔力の質を高め量も増幅し、しかし神や仏――祈りを捧げる対象――は空の上にいるというランゼのイメージがゆえに空の上を目指し昇っていこうとしたその増大した強力な魔力は結界に阻まれ空には届かず、結界外と完全に隔絶されおよそ空と呼べるものの存在しない白光結界内に閉じ込められ、蓄積していっていた。
ナールの近くに眩しいまでの光の柱と膨大な魔力の奔流がいきなり現れたのはそのためだ。
カーベの暴走に怯えたランゼが逃走経路の確保のために白光結界を解除した結果、白光結界が発していた光と白光結界内に大量に存在していた空の向こうへ昇っていこうとする魔力が混ざり合い、小さな結界から解き放たれたその魔力たちが眩い光を放ちながら一斉に空へと昇っていった。
そしてそれを見たシフォンとその護衛騎士たちはその光の発生源へと足を向けることとなり、光と魔力に釣られ移動していくアブソイーター六号を追っていたフィナンシェも、光の発生源――ナール近くのその場所へと到着しようとしていた。
トールが目を覚ましたのはシフォンやフィナンシェたちがナールに集合しようとしていた、そんな時のことだった。
――眩しい。
それに、凄い魔力だ……。
《テッド、これは一体どうなってるんだ?》
背中と後頭部に感じる硬い感触から自分が寝ているということはわかる。
……が、目を覚ましはしたものの、眩しすぎて目を開けられない。
さらに魔力を感知することを得意としていない俺でもはっきりと感じ取れるほどの強く大量な魔力の流れ。
どうやらその魔力の流れと光のすぐ近くに寝ていたみたいだが、一体何がどうしてこうなったのだったか。
身体を起き上がらせながら考えるも、カーベとかいうヤツから逃げるためにナールの街門へ向かって走っていたことしか思い出せない。
まだ死んでいないことからカーベに追いつかれたわけでないことはわかるんだが、カーベに倒されたというわけでないのならどうして俺はここに倒れていたのか……まさか転んで気絶したなんていうヘマをしたわけじゃないよな?
誰かや何かに倒されたと言われるよりはまだ自分で転んで気絶していたという方が危険は少ないかもしれないが、できることなら転んで頭を打ったりした結果意識が飛んでいたなんていう不様を晒してしいないことを願いたい。
そう思いながら現状の説明をテッドに求め、平坦な調子で淡々と伝えてくるテッドから俺の知らない情報を聞き出していく。
『――――こんなところだな。理解できたか?』
やっと目を覚ましたのかという呆れの言葉から始まり、俺がいきなり倒れたこと、謎の男女が近づいてきたこと、謎の男女の女の方が石を積み上げたかと思ったら謎の行動をとり始めたこと、カーベに追いつかれカーベと謎の男女の男の方が戦闘を行ったこと、男を倒したらしいカーベが俺や女に向かって剣を向けたこと、直後カーベが発狂して辺りが大量の光に包まれたこと、ついでに周辺に存在していた魔力が一気に空へと上がっていったこと……等々。
テッドの説明のおかげで俺が倒れていたことやその後起こったことなんかについてはおおよそ理解が及んだわけだが……。
《一つだけ言わせてくれ》
『なんだ?』
前置きをし、深く呼吸をしながらかばんから取り出した耳当てをしっかりと両耳に装着する。
そして、テッドからの説明中に光が弱まり見えるようになった場所で暴れるように剣を振り続けている一人の男を指差し……言う。
《ああいうのは先に言ってくれ》
『以後気をつけよう』
八メートルくらい離れた位置。
まだ十メートルも離れていないその位置に俺たちのことを狙ってきたカードコレクター、【豪快】のカーベの姿を確認し、未だ命の危機が継続中……それもすぐ近くに危険人物がいたことに冷や汗を流しながら、危険が近くにあるのなら先に伝えてくれとテッドに言いつける。
まぁ、カーベがまだすぐそこにいたことには驚いたがテッドだってバカではない、というより、俺より賢い。
たぶんテッドの魔力に触れて気をおかしくした今のカーベなら飛び道具を投げてきたり俺たちに近づいてきたりするようなこともないと判断した上で放置していたのだろう。
それでもカーベが脅威であり危険であることには変わりないのだから長々と状況を説明する前に『この場を離れろ』という一言くらいほしかったが、過ぎてしまったことはもうどうしようもない。
次なんてものはあってほしくないが、もし次このようなことがあった場合にはテッドも気をつけてくれることだろうし一先ずはカーベから逃げる、あるいはカーベを倒すことを優先しよう。
ということでとりあえずまず最初に――
そう考え、耳当てがしっかりとついていることをもう一度確認してから右手に持ったそれを勢いよく打ち鳴らす。
耳当てとセットで購入した品、カスタネット。
何の対策もしていない人間の耳など簡単に破壊してしまうほどの爆音を発生させるそれを打ち合わせたとき、まるで地揺れが起こったかのような振動が俺の身体に伝わってきた。