それぞれの動き
トールとクオールが倒れランゼが腰を抜かす中、ランゼの陰に隠れかばんから這い出てきたテッドの魔力に当てられたカーベは――発狂した。
他者と比べ精神が不安定なところがあると自身でも自覚していたカーベが「これからスライムに近づく」という決意も何もなしにテッドに近づけばそうなってしまうのも当然の帰結であり、発狂してしまったカーベはこれ以上近寄りたくないとばかりにテッドの半径三メートル以内から逃げ出しながら周囲に向かって叫び、暴れ、手の付けられない怪物へと変貌していく。
そして理性を失った人のカタチをした怪物カーベを目の当たりにしたランゼは一刻も早くその怪物から逃げるため自身を怪物と同じ空間へと閉じ込めている檻、白光結界を解除してしまい、その結果――――
――それが確認されたのは、ちょうど日付が変わった瞬間のことだった。
「え、なに? この膨大な魔力は……」
「おい、あそこ!」
「うおっ! なんだ、あの光は!?」
まず初めに気がついたのは、魔法つかいたち。
突如出現した上へ上へと一直線に突き上がっていく膨大な魔力の奔流を感じ、その身を震わせながら硬直した。
それとほとんど時を同じくして、魔法つかい以外の者も天を貫かんばかりの勢いで上へと伸びていく眩く激しい光の柱をその目に映した。
「テトラ、アレは……」
「わかりません。私では、ただ何かが起きたのだということくらいしか判断できません」
そして、ナールに向かって撤退中であったシフォンもそれを目にし、驚きのあまり呆然といった口調で既に自分たちとの合流を果たしていたテトラにそれの正体を尋ねる。
しかし、テトラはその答えを持ち合わせていない。
シフォンの走りに速度を合わせ、決してシフォンに魔物を近づかせないよう他の五人の護衛騎士たちと協力しながら魔物を倒していた中どこからともなく急に現れた膨大な魔力の流れを感じさせる光の柱。
それが現れたのがナールのすぐ近くであるということからおそらくはトールとテッドが何かしたのだろうとは思っているものの、適当なことを言うわけにはいかない。
たとえ憶測であったとしてもテトラが真剣に考え答えたことに対しシフォンが苦言を呈すことはないが、だからといって主人の優しさに甘えることをテトラは良しとせず、また、勝手な解釈や憶測は視野を狭めとっさの対応力を低下させる場合もあるということをテトラはよく知っていた。
シフォンが魔物から狙われ、追われているというこの状況。
この時点ですでに大きな予想外が発生しているのだからこれから先何が起こったとしてもおかしくはない。
ゆえに、テトラはシフォンや他の護衛騎士たちに変な先入観を植え付けないよう口をつぐんだ。
(ありえないほど膨大な魔力が空へと昇っていくが、このままナールに向かって大丈夫なのだろうか……)
向かっている場所のすぐそばで発生した謎の現象の原因もわからないまま走り続けてしまっていいのだろうか、行先を変更した方が良いのではないか。
そういった疑問が頭をよぎりもするが、どうせ他の場所でも異変が発生しているかもしれないというのであれば一番実力のあるトールとテッドのいる場所に向かった方が良い。それに全方位から、特に後方から多くの魔物が押し寄せてくる中いまさら行先を変えるのは難しいところがあり、未だ空へと立ち昇り続けている白い光の正体は魔物の集団か特別強い魔物に対して放たれたトールの魔法か魔法つかいたち百人以上による儀式魔法である可能性が高いことから、いずれにせよあの白い光は味方の発動した魔法効果の一つだろうと考え、行先を変更するよりはこのまま目的にしているナールに行ってしまった方が取り返しのつかないことになりにくいとテトラは判断した。
そして、なんらかの確信でもあったのか。
シフォンたち一行の脚は自然とトールとテッドのいる場所――光の柱の発生源に向かうこととなる。
ラシュナ全域どこからでも見えるほどの巨大な光の柱が発現した時、フィナンシェはアブソイーター六号から繰り出される様々な攻撃を回避し続けていた。
カラダを変質さえ、どこか見覚えのある魔物の手足や尻尾、毒液等を自在に作り出し襲ってくるアブソイーター六号。
動き自体はそれほど速くないが、不定形生物ゆえに行動が予測しづらく手数も多い。
アイアンゴーレムの腕、ブルシットホーンの角や蹄、メタルリザードの牙や爪なんかをカラダのあちこちから生やすようにして再現しながら襲ってくるこれまで戦ったことのないタイプの魔物を相手に、フィナンシェは防戦一方となっていた……のだが、光の柱が発現した直後、アブソイーター六号の挙動がおかしくなった。
それまで執拗にフィナンシェを追いかけていたカラダが突然方向を変え、光の柱の方――ナールへ向かって移動を開始し始めたのだ。
(いけない! このままだとナールで戦ってる人たちがやられちゃう!)
ナールにいる者たちでも絶対に倒せないということはないだろうが、もしこのドロドロ――アブソイーター六号――とナールの兵士や冒険者が戦ってナールにいる者たちがドロドロを倒せたとしてもその被害は甚大になり、この未曾有の魔湧きを乗り切れるだけの戦力が残るかどうかは不明。
そう考えたフィナンシェはなんとかしてドロドロの気を引こうと頑張るが効果はなし。
たまに攻撃が向けられることはあってもドロドロがナールへと移動していくことは止められず、結果、ドロドロについて行くカタチでフィナンシェもナールに近づいていくこととなった。