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白光結界の中で

 両膝をつき、腰は上げ、両手を胸の前で重ね合わせる。

 そしてその手には、数珠と十字架。

 聖なる水で清め磨き上げた石を積み重ね作った祭壇の前、ランゼは自身の思う最高の祈りの姿勢で神か仏かあるいは別の何かへと懸命に祈りを捧げた。

 そして、魔湧きの日――予期されていた天災の影響を受けるかのようにランゼの強い祈りに呼応し形を成していくのは、白光結界と呼ばれる特殊な結界。

 白光結界は長年にわたり結界魔術の研鑽を積んだ敬虔な修験者でなければ発動することができないと言われる、修得の難しい結界である。

 白い輝きを放つその結界は結界外と結界内を空間ごと断絶し何者もを通さぬ鉄壁の防壁となると謳われ、完璧なカタチで発動されてさえいればクオールの知識から再現されたランゼの祈りによって生み出されたその結界であっても、ランゼの祈りが終わるまで何人も立ち入らせることのない絶対の防御結界となっていたことだろう。


 ――――しかし、そうはならなかった。


 ランゼとクオールよりも先にトールとテッドに遭遇しトールたちを追っていたカーベが結界の完成前にトールたちのそばまで追いつき、結界に干渉したためである。


 自身の標的であり死合い相手でもあった【ヒュドラ殺し】とスライムが何者かの手によって地に倒れ伏せられ、さらにその何者かは結界かなにかで自分たちの周囲を【ヒュドラ殺し】とスライムごと覆おうとしている。

 全速力でトールたちのもとへと近づきながらそれを確認したカーベの手から放たれた漆黒のナイフが完成間近であった白光結界に衝突、干渉。完成前の結界はまだ絶対の防御にはあらず。結界内と結界外を隔てるはずであった結界面に小さな揺らぎが生じた。

 それでも、ほとんど完成に至っていた結界はその後数十分ものあいだカーベを結界内へと入れることはなかったが、ナイフによる干渉から始まったカーベの執拗な攻撃の嵐によってついに完成に至ることなく崩壊し、その結果、カーベというカードコレクターを結界内へと通してしまうこととなった。


 そして――現在。


 白光結界の崩壊後ランゼがすぐに新たな祈りを捧げ白光結界を再発動させた時にはすでに結界範囲内への侵入が完了していたカーベと向かい合うこととなったクオールはランゼを守るため、カーベは目の前の邪魔者二人を倒しトールたちをその手に収めるため、クオールとカーベは結界内にて激しい剣戟を繰り広げ、そして、カーベに破壊されてしまった白光結界を再発動するためにそれまでの数十分の苦労すべてが水の泡になると知りながらも元の世界へ帰還するための祈りを中断させたランゼは、祭壇の前に横たわっている【ヒュドラ殺し】とその傍らに置かれたかばんの中にいるスライムが動き出しそうにないことを目で見て確認しながら推定三時間以上にも及ぶ帰還のための祈りをまた一から祈り直していた。


「ちっ、なかなか倒せねぇな。おい、テメェ。名前はなんて言うんだ?」


 クオールと剣をぶつけ合わせる最中、焦れたカーベが思わぬ強敵であるクオールに対し静かな口調で名前を訊く。

 相手を倒しカード化してしまえばそのカードに相手の名前も記載されるということはカードコレクターであるカーベにとっては今さら確認することのないことであり百も承知であったが、カーベは強敵と出会った際には相手の口から直接名前を聞き、それからぶっ殺すことに決めていた。

 ……が、クオールはカーベに対し名前を答えない。

 それどころか、もう十分は斬り結んでいるというのにカーベは未だにクオールの声すら聞いていない。


「……ダンマリかよ。なぁ、おい。そろそろ声の一つくらい聞かせちゃくれねぇか? せっかく口と舌なんていう便利なモンがついてるんだからよぉ、有効活用しようぜ。命を賭けた殺し合い(こっちのおしゃべり)だけでも悪くねぇがもっと仲良くなるためにはやっぱり口と舌を使った会話(こっちでのおしゃべり)も必要だろ。それとも何か? お前、しゃべれねぇのか? あー、あと、あれだ。お前の後ろにいる女がやってやがるのは一体何の儀式だ?」


 クオールの背後で行われている怪しげな儀式のような何かを見つつ、カーベはクオールに問う。

 先ほどから女が行っている謎の儀式のようなもの。

 アレは今すぐにでも止めさせた方が良いような気もしているが、もし何かの儀式なのだとしたら中断させたことによって予想し得ない事態が起こりうるかもしれない。

 そんな考えからの問いかけであった。


 ちなみに、前半の問いかけは何らかの理由で声を発せなかったり言語を話せない者であったりした場合に手心を加え苦しまないようにカード化してやるための問いかけである。

 ――話せないのであれば、仕方ない

 カーベはそう思うことのできる寛容な心の持ち主であった。

 しかしもしも相手が言葉を理解していて話すことができるにもかかわらず黙っていたのであれば名前を言いたくなるようにゆっくりといたぶってからカード化させると、そういった意味の込められた問いかけでもある。

 ――話せるのにおしゃべりしないのは罪だ。

 カーベはそう考えてしまうような狭量な人間でもあった。


 相手が名前を言わない場合はとりあえず声を出せるかどうか、言葉を話せるかどうかを確認してからぶっ殺す。

 それがカーベのいつものやり方。

 そして今回もカーベは、ただいつものやり方に倣ってそうしただけ。

 クオールが声を出せるのか否か判明していないから、問いかけてみた。

 ただそれだけのこと。

 しかしそれは、クオールとカーベとの間に越えることのできない力量差が存在していることの証明でもあった。


 なぜなら、カーベはクオールの繰り出す全力の攻撃を全て受けきりながらも淀みなく、一切呼吸を乱すことなくスラスラと言葉を述べていたからである。

 要するにそれは、クオールとの攻防などそよ風程度にしか感じていないということ。

 カーベは激しい戦闘のなかクオールの攻撃を捌きながらも途切れることなく声を発し、まるで世間話でもするかのようにクオールに質問をするという人間離れした業を容易にやってのけた。

 そのことに、クオールは少なくないショックを受ける。


 クオールは自分の腕には自信があった。

 冒険者として二十年以上活動を続け、かつて旅を共にしたランゼと同郷であった者から扱いを教わった刀という特殊な武器を巧みに操り敵を倒し続けてきた。

 魔物はもちろん、盗賊や腕試しを申し込んできた武者修行者たちなど、戦闘に費やした時間はもはや数えきれないほど膨大になっている。

 だからこそ、自惚れではなく積み上げてきた実力に対する確かな自信が、クオールにはあった。 

 そしてさらに、その自信を助長する刀という武器を使うことの利点の一つ。


 ――刀と剣では振るう時の身体の使い方が違う。


 魔物相手ではあまり意味がないが、こと対人戦においては大きな意味を持つこの事実がクオールの人間を相手する時の自信と優位性に繋がっていた。


 剣を主武器とする者との戦いに慣れた者たちは刀を操る者の動きに戸惑い、対応できないことが多い。

 おそらくは自分以外に数人いるかいないか……そんな希少な武器を持った者の動きに即座に対応できるような人間にはこれまで出会ったことがなく、もしも即応できるような者がいて、尚且つそれが戦闘慣れしている者であるのならまず間違いなく自分と同等以上の実力の持ち主。

 ましてや、それが戦闘中に言葉を発するだけの余裕を持つ者であれば確実に自分よりも遥か高みにいる。


 ゆえに、クオールは思う。

 なかなか倒せないなどと言っていたが確実に遊ばれている。

 このままでは負けてしまう、と。


 カーベに対し、このまま戦闘を続けているだけならば勝ち目はない。

 だからこそ、クオールは賭けに出ることにした。


(やるしか、ないか……)


 数日前から身体に生じている違和感。

 まるで頭にモヤでもかかっているかのように思考がぼやける中、クオールは決断する。


 クオールとカーベの戦い。

 その決着の刻は、もうすぐそこまで迫っていた。

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