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急襲

 すいません。遅くなりました。

 はぁ、憂鬱だ。


 スライムを何とかしなければいけなくなってしまった。

 人魔界のスライムなら余裕でなんとかできるがこの世界のスライムは化け物だ。

 どうすればなんとかできるのか皆目見当もつかない。


 やはり素直に俺とテッドが弱いということを打ち明けるべきだっただろうか。

 俺が依頼を受けるといったときのギルド長のあの安堵した顔が頭から離れない。

 俺たちが依頼を受けてくれるならなんとかなるかもしれんとでも言うようなあのほっとした様子を思い出すと胸が痛む。

 期待を裏切ってしまって悪いが、俺たちじゃスライムはどうにもできない。


 そもそも、襲撃者の件だってまだ片付いていないのにどうしてまた別の面倒事が舞い込んでくるんだ。

 しかも、襲撃者の方はともかく、スライムが相手なんて人の手で解決できる問題じゃないだろ。

 なんで俺がこんな目に遭うんだ。

 今までにやってしまったことといえばちょっと禁忌に触れたぐらいで、他には何も悪いことなんてしてこなかったっていうのに。


 暗い部屋の中、眠ることもできずにそんなことばかり考えてしまう。

 昨日まではベッドの上に寝転がるだけですぐに睡魔が襲ってきたのに今日はやけに目が冴えている。

 襲撃があった夜でさえベッドに触れるとすぐに夢の世界へ誘われたというのに、今日はもう長いことベッドの上で天井を見上げ続けている。全然眠れる気がしない。

 それだけ俺がスライムを恐れているということだろう。

 こんなときでもテッドはぐっすり眠っている。そのマイペースさが羨ましい。


「今回の依頼、大変だけど頑張ろうね」


 隣のベッドから声が聞こえてきた。

 いつもの明るく能天気な声とは違い、物凄く真剣な声音だ。

 その声からは死んでもなんとかしてみせるという覚悟が感じられた。


「まだ起きていたのか」

「うん。どうしても眠れなくて。テッドのおかげで少しは慣れたかな、なんて思ったりもしたけどやっぱりスライムは怖いみたい。さっきも、ギルド長の口からスライムが近づいてきているって聞いただけで血の気が引いて何も考えられなくなっちゃった」

「そっか」


 ギルド長から依頼のことを聞いたあと、ギルドを出てからもしばらくはフィナンシェの顔は青いままだった。

 食べることが大好きなのに、夕飯を口にしているときでさえいつもの元気はなかった。

 俺たちとパーティを組んでるせいでスライムをなんとかしないといけなくなってしまったが、フィナンシェはいまどんな気持ちなのだろうか。


「ねえ、トールはどうやってテッドと仲良くなったの?」


 どうやってと聞かれても俺が元いた世界ではスライムは子供にも負けるような存在だったのだ。

 簡単に近づいて、簡単に従魔契約をして仲良くなったよ、とは流石に言えないか。

 俺とテッドが異世界からきたことは秘密だからな。


「普通に近づいて、普通に仲良くなったよ」

「そっか。やっぱりトールはすごいね。私なんていまだに気を抜くとダメだもん」

「ダメって、なにが?」

「気を抜くと、テッドの三メートル以内にいられなくなっちゃうの。気を抜きさえしなければ嫌な感じも平気にはなったんだけど、トールはふつうにテッドに近づけてすごいなって思って」

「全然すごくないよ」


 そう、全然すごくない。

 俺はテッドの近くにいても嫌な感じなんてしない。

 フィナンシェたちが感じているものを俺は感じていないのだ。

 でも、そのことを知らないフィナンシェからしたら平気な顔でテッドの横にいる俺がすごい存在のように思えるのだろう。


「すごくない、って言えるところがすごいんだよ」


 フィナンシェは勘違いしている。

 ただ、その勘違いをいま正してやることはできない。


 正直なところ、フィナンシェになら本当のことを話してもいいと思っている。

 俺たちが異世界から来たこと、その世界ではスライムが最弱の魔物であったこと、俺もテッドも本当は弱いことを説明してもひどいことにはならないと思えるくらいにはフィナンシェを信頼している。

 しかし、今の状況でそのことを説明するのは躊躇われる。

 スライムを何とかしに行かなければいけないという状況になってもフィナンシェがこれほど冷静でいられるのは俺たちの存在があるからかもしれない。

 スライムのテッドと、そのテッドと同じくらい強いと思われている俺の存在がフィナンシェの心の支え、依頼を達成できるという希望になっているのかもしれない。

 そんな状況で俺たちが本当は弱いと知ったらフィナンシェがどうなるかわからない。 

 だから俺は、勘違いを正さない。


「大丈夫。今回縄張りから出てきたスライムは一匹だけだ。なんとかなるよ」

「うん、そうだよね。トールとテッドがいるんだもん。なんとかなるよね」

「そうだ。心配することは何もない。だから安心して眠れ」

「ありがとう、トール。少し気が楽になったみたい。今なら眠れそう」

「そっか。じゃあ、おやすみ」

「うん。おやすみなさい、トール」


 俺の嘘に対するフィナンシェの返事は、先程までよりも少し明るい声だった。






 五日後。

 俺たちはスライムの発見報告のあった場所の近くまで来ていた。


 ギルド長から依頼の話をされた翌日、俺たちはスライムに対しての準備を行った。

 俺たちの受けた依頼の内容はスライムの討伐あるいは進路変更だ。

 スライムの討伐はもちろん無理なので、俺たちの目的はスライムの進路をリカルドの街および周辺の村からずらすこととなる。

 そのため、ギルドからもらった支度金を使ってスライムをなんとかできそうな物をたくさん買い込んだ。

 どうすればスライムの進路を変えられるかわからなかったのでとにかく使えそうな物を片っ端から買えるだけ買った。

 買った物のほとんどはこの世界のスライムの伝承の中に登場する物やテッドが興味を示した物だ。


 準備を行った日の翌日、スライムの発見報告のあった場所へ向かってリカルドの街を出発した。

 それから四日の道のりはそれはもう過酷なものだった。

 見通しの良い草原を走り抜け、森を抜け、時に荒れ地を通り、時に意識を失う。

 特に意識を失うの比重が非常に大きかった、

 見通しの良い草原を走り抜ければ意識を失い、森を抜けても意識を失う。時に荒れ地を通れば意識が吹っ飛び、少し休憩してから移動を再開すれば再び意識を失うといった感じだった。

 それもこれも移動手段が馬だったせいだ。


 この世界の馬はやはり人魔界の馬よりも脚が速かった。

 そして、人魔界の馬よりも体力があった。

 かなりの速度で駆けるうえにほんの少しの休憩ですぐに走れるようになるため、馬に乗り慣れていない俺はかなりの疲労を強いられることとなった。

 一瞬で景色が後ろへと流れていくことに怯え、馬が前に跳ねるたびに心臓がきゅっと絞められるような思いをし、気が付いたら意識を失っている。

 俺が休めるのは夜から朝にかけて、村の宿に泊まっている間だけだった。


 たびたび俺が気絶するせいで思ったよりも距離が進まず、予定よりも一日半遅れての到着だったがそれでも結構頑張った方だ。

 途中からは移動時間を短縮するために、縄で俺の身体を馬にくくりつけてから移動する羽目になったくらいだからな。

 俺の意識が飛んでも俺が地面に落ちないようにしたおかげでくくりつけられてからの移動はスムーズだった。

 なにせ、ほとんどずっと意識が飛んでいたせいで目的地に着くまでのあいだの記憶がないくらいだ。

 つまり、俺の意識が復活する間もないくらい移動し続けていたということだからな。

 テッドはかばんの中で跳ねる感覚が楽しかったらしくテンションが高い。

 できれば俺も馬に乗る感覚を楽しみたいが全然慣れる気がしない。

 いつか乗馬を楽しめる日が来るんだろうか。


 いや、乗馬のことはいまはどうでもいい。

 ここからは歩いてスライムのもとまで向かうこととなる。

 馬に乗った状態でスライムに近づきすぎるとスライムの魔力に当てられた馬が暴れだして危険だからだ。

 予想だと、スライムまでは徒歩で一日~二日の距離らしい。


 俺もそろそろ覚悟を決めなくてはいけない。

 決めるのは死ぬ覚悟じゃない。生かす覚悟だ。

 フィナンシェや他の人々を生かすための覚悟、それを決めなくてはいけない。


 五日前の夜、俺はフィナンシェに大丈夫だ、なんとかなると嘘を言った。

 ならばその嘘を突き通さなければいけない。

 どんな状況でも、フィナンシェの命だけは守らなければいけない。


 考えてきた作戦がスライムに通用し依頼達成となればそれが一番良い。

 スライムが縄張りから出てきた理由がテッドに引き寄せられているからだというなら俺とテッドが囮となってフィナンシェや街からスライムを引き離す。

 思うようにいかずどうにもならなそうだったとしてもフィナンシェだけはなんとしてでも逃がす。


 そういった覚悟を決めなくてはいけない。


「よし! さあ、フィナンシェ。こんな依頼とっとと終わらせて街で祝杯をあげるぞ!」

「うん! 美味しいものいっぱい食べようね!」






 覚悟を決めて歩き出してから半日。

 森の中を通る街道の上を歩いていた俺たちは、顔を隠した二人組に急襲された。

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