ナールへ向けて
テトラが魔物たちの奇妙な動き――まるでシフォンに照準を合わせたかのように進路を変えた姿を確認した三分後。
ラールで戦っていた他の者も、その異変に気づき始める。
「おい、おいおいおい、どうしたってんだこれは?」
「魔物たちの動きが……」
「なに? 何が起こってるっていうの?」
魔湧きから街を防衛していた者たちが見守る中、街を襲っていた魔物たちが、少しずつそのカラダの向きを変え始めた。
それは兵士や冒険者たちと戦闘中であった魔物も例外ではなく、一体、また一体と自らの行先を街壁外のある一点へと変更していく。
意識が希薄で、操り人形のようにも見える魔物たち。
兵士や冒険者たちから攻撃されても一切そちらを振り向くことなく一心不乱な様子で一ヶ所へと集中していく、何かに突き動かされているかのような魔物たちの姿に、街を背に戦闘を行っていた者たちは戸惑いを禁じ得なかった。
そしてその傾向はやがて、街に向かってきていた魔物だけでなく街を素通りしようとしていた魔物たちにまで広がっていき――
移ろう事態、変わりゆく戦局、変わらぬ結果。
まさしく異常事態と呼ぶべきラシュナの魔湧き。
まず最初に動いたのは、ラールだった。
きっかけは、シフォンの到来だった。
ラシュナのダンジョンに一番近い街、ラール。
そこへシフォンがやってきたことにより――正確には、カード化一歩手前と言えるほどの重傷を負ってしまったラールの街壁外にて陣頭指揮を執っていた武官に対しシフォンが回復魔法を使用したことにより――事態が動いた。
「お前達、シフォン様を守れッッ!」
いち早く事態の変化に気づいたテトラが必死の形相を浮かべながら護衛騎士たちに向かって叫び、自身もシフォンの傍へと参り守りを固めるべく離れた位置にいる主のもとへ向かってあいだにいる魔物を斬り飛ばしながら駆け急ぐ。
一方、テトラの声によって何らかの問題が発生したことを悟った護衛騎士たちはシフォンを中心に広がるように布陣していた陣形を狭め、何があってもシフォンを守れるようにと周囲へ視線を巡らせる。
「シフォン様、あちらへ移動します。念のため、回復魔法のご準備を」
護衛騎士五人がシフォンの盾になるためシフォンを囲む中、護衛騎士の一人リオンがナール方面に顔を向けながらシフォンにそう伝える。
言わずもがな、回復魔法の準備とはシフォンが傷つくようなことになった際に自身へと魔法をつかうための準備であり、ナール方面を進路と決めたのは【ヒュドラ殺し】であるトールがいたからである。
護衛騎士たちはシフォンを守ることを第一としており、自分たちが怪我を負うような事態になった際には自分たちを置いてすぐに逃げるようにと常日頃からシフォンに言い含めてある。
本当なら主人であるシフォンを諫めるような真似はしたくない護衛騎士たちであったが、こればかりはきつく言い含めておかないとまずいと、危機的状況においても自分たち護衛騎士の傷を癒すためその場に留まり回復魔法を使用しかねない心優しい主人のことを思い、普段から口を酸っぱくして伝えてあった。
そしてそのことを理解しているのか、いざという時に即座に回復魔法を使用できるよう準備を終えたシフォンが困惑した口調で自らの護衛騎士たちに現状の説明を求める。
「リオン、アンジェ、何が起きたのですか?」
「わかりません。しかしテトラ隊長の命令ですので何か……アンジェ」
「ええ。そういうことらしいですわね」
「シフォン様、どうやら魔物たちがこちらに矛先を向けたみたいです」
微かに震える声のシフォンから問われたリオンはまだ状況を把握しておらず、テトラの様子からただごとではない何かが起こったことしかわからないとシフォンに伝えようとしたところで魔物たちの動きの変化に気づき、同じく護衛騎士の一人アンジェとそのことを確認。その後すぐに魔物たちが自分たちのもとへと向かってこようとしていることをシフォンへと伝える。
「魔物たちが、ですか?」
「はい。まもなく一斉に襲いかかってくると予想されます。……私が合図をしたら、あちらへ走り始めてください」
そして再びのシフォンからの質問に答えつつテトラが自分たちと合流するにはまだ時間がかかることを確認し、であるならばと、自らの判断と責任においてナール方面へと逃げることをリオンは決断する。
「弓兵構え! 魔法兵はすぐに魔法を発射! 他の者はそのまま行動を続けろ! 絶対にこの場より後ろには魔物を通すな!!」
シフォンが回復魔法を使用したことにより復帰した武官もすでに兵士たちの指揮を執りながら魔物たちとの戦闘を再開しており、しばらくは魔物の侵攻を食い止められそうな雰囲気もあった。
ナール方面に目を向けてみても、魔物はあまりいない。
ゆえに、リオンは「今だ」と判断する。
「シフォン様、今です。走ってください!」
そうして、シフォンたちはナールへと向けて移動を開始した。