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見えた勝敗

 今もまた、フィナンシェのすぐ傍で一人の冒険者が魔物から致命傷を負わされそうになっている。

 メタルリザード二体に挟まれ、一方の攻撃を受け流そうとしている隙にもう一方から脚を噛みつかれそうになっている冒険者。

 その冒険者の背面へと素早く回り込んだフィナンシェが、冒険者の脚へ噛みつこうとしていたメタルリザードの首を一刀のもとに斬り落とす。

 軽快で洗練された身のこなしによって魔物を斬り伏せることの多いフィナンシェだが、決して力が弱いわけではない。

 メタルリザードの表面を覆う硬い鱗の隙間、鱗と鱗のあいだに垣間見えるそのわずかに露出した肉に向かって剣を下ろせば如何に硬い鱗を持つメタルリザードといえども耐えられるものではない。

 無論、すべての鱗が綺麗に横一列に並んでいるわけではなく、いくつかの鱗には剣が当たることになるが、数枚の鱗による妨害程度であれば剣を振り下ろす速度と筋力による剣圧で叩き斬ることも可能である。

 とはいえ、それすらも瞬時に鱗の隙間を見極める“目”と正確にその場所を狙うことのできるだけの技量がなければ実現しえない達人の技。

 フィナンシェも普段であれば剣の損耗や自身にかかる負担を考えそこまでの無茶はしないのだが、現状はそうも言っていられないほどに切迫していた。


 斬っても斬っても湧いてくる魔物に、損耗していく街の戦力。

 大規模魔術の恩恵が消え魔物が再びその数を増やし始めて以降、少なくなった戦力では魔物からの攻撃を防ぎきれない場面も多くなり、これ以上の戦力低下を防ぐためにも戦闘員の数の減少は回避すべき事態。

 必然、フィナンシェも力を温存している場合ではなくなり、全力をもって魔物の討伐と兵士や冒険者たちの援護に当たらなければならなくなってしまっていたのである。


 このような状況になってしまった原因は多々あれど、やはり一番の原因は人員の不足。

 過去最大規模の魔湧きが総勢二千五百程度であったラシュナのダンジョンにおいて長年信じられてきた魔湧きによって発生する魔物の数の上限は七千。

 他のダンジョンの魔湧き記録と照らし合わせてみてもそれ以上の規模の魔湧きは起こり得ないだろうと考えられてきた。

 しかし、今回その予想を超えるべき数の魔物がダンジョンから湧いてきてしまった。

 魔湧き開始から一時間と少しといった短い時間だけでも既に千以上の数の魔物が湧き出してきてしまっている今回の魔湧き。

 その最終的な魔物総数は二万を越えると予想される。


 多くても七千の数の魔物との戦闘だと予想していたラシュナではせいぜい八千程度までの数の魔物にしか対応できず、それも事前に入念な準備を終えた上で八千が限界。

 その準備の内には他所からの援軍も含まれていることからして、何の前触れもなく突然開始され援軍を呼ぶこともできなかった今回の魔湧きにてラシュナで対応できる魔物の数は冒険者たちを戦力に加えたとしても六千程度。

 さらに捕捉するのであれば壊滅覚悟で相手にできる数の限界が六千程度ということであり、実際には六千もの数の魔物を倒しきることは不可能であろう。

 なぜなら、今回の魔湧きは六千規模ではなく二万規模。

 言葉通り、桁が違う。


 六千を遥かに超える二万という数。

 両者のあいだに存在する一万四千以上の途方もない隔たり。

 この隔たりはその数字以上に大きな差を戦場へともたらす。

 魔湧きによって誕生する魔物の数が多いということは単位時間あたりに誕生する魔物の数も多いということにほかならず、大量に押し寄せる魔物の群れはそれだけで兵士や冒険者たちの休む間を奪い、余裕も奪う。

 単位時間あたりに誕生する魔物の数と同数を倒し続けていたとしても魔物の数が減ることはなく、それはつまり一時間あたり二百五十程度しか相手にできない者たちに対して一時間あたり千の魔物を相手にしろということと同義。

 そんなことはまず不可能であり、戦場を満たす魔物の数は時間が経つにつれてどんどん増えていく。


 フィナンシェやノエル、護衛騎士といった規格外の存在の加勢により六千の倍――一万二千程度の魔物から街を守り抜くことは可能かもしれないが、それでも二万には遠く及ばない。

 魔物を倒す勢いが魔物の増える勢いに劣ってしまっている以上、街を素通りし野に放たれていく魔物を考慮に入れたとしても戦場から魔物がいなくなることはない。

 連戦を強いられ、同時に複数の魔物を相手にし続けなければいけないという状況。

 さらには同時に相手しなければいけない魔物の強さも対処法もすべて違う。


 遅い魔物もいれば、素早い魔物もいる。

 背の低い魔物もいれば、背の高い魔物もいる。

 接近戦しかしてこない魔物もいれば、遠距離から攻撃してくる魔物もいる。


 複数の魔物を同時に相手取るというだけでも難しいのに、自身を囲むそれらすべての魔物の位置と特徴を把握しながら戦うなどということは並の実力の者には不可能。

 また、兵士たちが隊列を組み指導者の指揮に従って防衛に当たったとしても、二万という数の前にはいつか限界が訪れることが目に見えている。


 要するに、詰み。


 二万といった規模に対応できるだけの体制が整っていたわけでもなく、万全の態勢を整えることができたわけでもなく、心の準備すらできぬままに魔湧きが始まってしまった時点で要塞都市ラシュナの敗北は決していた。

 それこそ、奇跡でも起きない限りは絶対に結末は変わらない。

 そのことは戦いに身を投じているすべての者が理解していた。


 しかしそれでも、兵士や冒険者たちにはもう逃げ場などなく、最後まで戦う以外の道は残されていない。


 トールたちにしても、シフォンや護衛騎士は魔湧きの鎮圧のため、ノエルは名声を轟かせるため、フィナンシェはシフォンやノエルの手伝いとラシュナの住民たちに被害を出さないため、そしてトールとテッドは――死なないための強さを手に入れるため。

 各々の目的のために街の防衛、ひいては自身の生存を諦めるわけにはいかない状況にあった。


 自分のため、街のため、人間のため。

 それぞれの思惑をのせて、事態は動く。


 そして――魔湧きの開始から一時間と二十分程が経過した頃。

 ラール、シール、ナールの各地にて、戦局を動かすほどの大きな事件が起こった。

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