衰勢する攻勢
シールにて異変が生じたのは押し寄せてくる魔物の数が急激に減り始めた頃。
魔物の勢いが衰え、急に数が減り始めたこと自体は不思議でもなんでもなかった。
なぜなら、直前にラシュナのダンジョン方面にて五つの巨大な炎柱が発生していたから。
おそらくはあの炎柱によって大量の魔物がカード化したのだろう。そう思えば、魔物たちの数が減ったことにも合点がいく。
ノエルという魔術師がラシュナのダンジョンへ向かって行ったことを知らない者たちでさえそう判断できたのだ。
ノエル本人から「アタシは定期的にラシュナのダンジョンに向かって大規模魔術を放ってみるわ」という言葉を聞かされていたフィナンシェにしてみれば、襲い来る魔物の数が定期的に激減するというのは驚くこともない当たり前の確定事項であった。
つまるところ、街までやってくる魔物の数が減るだろうというのはシールのみならずラール、ユール、ナールも含む要塞都市全体における共通認識であり、容易に予想し得る出来事であった。
では、魔物の激減が異変でないのならば一体何が異変だったのか。
その答えは、数を減らしている魔物側ではなく、魔物たちに対し有利に立ち回っていたはずの人間側にあった。
魔湧きの開始から一時間強。
人間側に生じたその異変によって、優勢であったはずのシールの防衛は徐々に劣勢へと変化していくことになる。
一人の冒険者に襲いかかろうとしていたメタルリザードの両目をフィナンシェの剣が一瞬で貫き、次いで悲鳴を上げようとカラダを仰け反らせながら大きく口を開けたそのメタルリザードの口内へと全力の突きが繰り出される。
口から侵入した剣は一直線にメタルリザードの心臓へと到達し、心臓が潰れる感触とともにメタルリザードがカード化したことを確認したフィナンシェは三メートル前方にブルシットホーンの角で貫かれそうになっている兵士を見つけ、その者を救けるべくさらに足を前へと動かし続ける。
魔物によって怪我を負わされそうになっている者を見つけては手助けするように動き続け早四十分。
そして、兵士や冒険者たちが安定して魔物を討伐撃退できていたのはフィナンシェの到着から三十分程度のあいだだけ。
それ以降はラシュナのダンジョン方面で発動された大規模魔術の影響もあり五分ほど前からは魔物の数も減っているはずにもかかわらず、なぜか魔物の攻撃を捌ききれずにピンチに陥っている者の数が増えていた。
(想定されていた以上の規模の魔湧き、それに夜間の戦闘でもあるから、みんな予想していた以上の数の魔物との連戦に疲れが出てきちゃってるのかな?)
ブルシットホーンをカード化し、襲われていた兵士を助けながらフィナンシェはそんなことを考える。
大量の魔物との戦闘・連戦、火属性魔法によって明るくなっているとはいえ日中とは勝手の違う夜間の戦い、人によっては十分な睡眠もとれずに眠気を抱えたまま戦っている者もいるかもしれない。
なにせ、今夜魔湧きが始まるとは誰も思っていなかったのだ。
休養にしろ気力にしろ体調にしろ、戦う準備ができていなかった者が多かったとしてもおかしくはない。
魔湧き開始から一時間以上が経過した今になって兵士や冒険者の動きが鈍り始めた理由など、考えようと思えばいくらでも考えられる。
ゆえに、フィナンシェは兵士や冒険者たちの動きが悪くなり始めた理由を考えることを止め、どうやったらこの状況を改善できるか、この状況で自分に何ができるかを考え始める。
そして、コンマ一秒ほど目を瞑って出した結論は魔物に攻撃されそうになっている人を救けつつ全力で防衛に参加するという単純かつ明快なもの。
シールに着いてからの初めの三十分――動きを鈍らせ魔物に攻撃されてしまう隙をつくる者が少なかったうち――は無理せずに戦線を維持するだけで魔湧きを耐え抜けると考え犠牲者を出さないことを優先して立ち回っていたフィナンシェが、今や崩壊しそうになってしまっている戦線を崩壊させないために、全力で魔物の殲滅に動き出した。
その結果が――五秒あたり十体の魔物の討伐。
秒間二体ともいえる恐るべき速さで魔物を殲滅していくフィナンシェの働きにより一時は戦線を押し返すこともできた……が、しかし。
やはりというべきだろうか、フィナンシェも人間。人の子一人でカバーできる範囲はそれほど広くなく、また、体力も有限。
街を背にして戦っている者のうち約二割が動きを鈍らせ始めるという劣悪な環境の中、フィナンシェや他の動ける者だけで街を襲う魔物すべてを相手にできるわけもなく、魔物の数が減少していたのも一時的。
ノエルの放った大規模魔術消失後にダンジョンから湧き出てきた大量の魔物によってシール周辺の魔物の数もどんどんと戻っていくにつれ、少しずつシールの防衛は手が回らなくなり始める。
結果的には約二割の戦力低下により残り八割の負担が増え、それが原因でさらに動きを鈍らせる者や動けなくなる者が増加。
安定していた戦況はあっというまに瓦解し、時が経つにつれフィナンシェの動きも徐々に鈍くなっていくこととなった。
そして、それこそがフィナンシェの排除に動き出した者たちの狙い通り。
初めに動きを鈍らせ始めた者のうち九割程は魔湧き中のカード蒐集を目的としてラシュナにやってきたカードコレクターたちの、その支配下に置かれた者たちであった。