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タラベナカ・ベーラ・イータ

 力強く、自信に溢れていそうなドスの利いた声。

 大きな身体に軽快で迅速な身のこなし。


 野蛮そうで軽薄そうな男だが……確実に強い。

 おそらくはフィナンシェと同等以上。

 俺とテッドでどうにかできる相手ではない。


 しかも、コイツが現れたのは俺たちから六メートル前後離れた位置。

 その距離までならテッドに近づいても大丈夫と知っていそうな感じだな。


「お前がスライム使いの【ヒュドラ殺し】か。そんでお前の右肩に乗ってるのが噂のスライムだな?」


 すぐに追撃を仕掛けてくるつもりはないのか男が凶悪そうな笑みを浮かべながら話しかけてくる。

 その声音は弾んでいて男が本心からこの状況を楽しんでいることが感じ取れる。


「スライムを目にするのなんて生まれて初めてだぜ。本当に絵そのまんまの姿をしてやがるんだな」


 スライム使い。うわさ。初めて。絵。


 絵というのは街のあちこちに飾られているスライムの姿絵のことだろうし、スライムを初めて見たというのもわかる。

 スライム使いというのは俺がテッドを連れているところからきた呼び名だろう。


 しかし…………噂?


 不穏な言葉を耳にし、顔が強張る。


「おっと、悪ぃ悪ぃ。順番が逆だったな。俺はタラベナカ・ベーラ・イータ。同業者からは『【豪快】のカーベ』って呼ばれてる。ほら、俺も名乗ったんだからそんなに怖い顔すんなよ。名乗りもしないで名前を訊いちまったのは悪かったが、せっかく出会えたんだ。仲良くしようぜ?」


 眉間にしわを寄せた俺の表情を見て誤解したのか男がそんなことを言ってくるが、俺は怒っているわけではない。

 噂という言葉に反応して顔が強張っただけだ。


「ん? どうした? 早くお前らの名前も聞かせてくれよ。俺も名乗ったんだからお前らも名乗らねぇとフェアじゃねぇだろ」


 まるで当然とばかりに名前を要求してくる男に困惑する。


 友好的な感じで話しかけてきてはいるがつい先ほどコイツが行おうとしたのは俺のカード化。

 カード化できるかどうかわかっていない俺からすれば殺されそうになったのと同義だし、もしカード化できるとしても命を脅かされたことに変わりはない。

 それなのに平然と笑って名前を訊いてくる……明らかにおかしい。どう考えても尋常な人間のとる行動ではない。


 当然、夜陰に乗じて黒塗りのナイフを投げてくるようなやつに名乗る名などない。


「まいったな。言葉が通じてないのか? それとも別の理由で怒ってんのか? なぁ、何か言ってくれよ。黙ったまんまじゃ何も伝わらねぇぜ? とりあえずは名前くらい名乗ってくれよ。名乗られたら名乗り返す。それがマナーってもんだろ? ほら、一緒に楽しくおしゃべりしようぜ」


 しかし、このまま何も言葉を返さずにいると逆上して襲いかかってきそうだな。

 コイツから逃げる方法を考える時間も欲しいし、少しくらいは何か言い返しておくべきか?


「……おい、どうして俺を狙った? まさか魔物と勘違いしたってわけじゃないよな?」


 先ほどまでの発言。それに飛んできたナイフ。

 コイツが俺やテッドを狙ってここにいることは明白。


 とりあえず無難そうな言葉を返してみたが、どうだ?

 これで逆上してくるようなら俺とテッドの命はそこまでになってしまうんだが……。


「おっ、会話する気になったか? いいぜ、答えてやる。俺がお前を襲った理由。それはな、お前が俺の欲してるモンを持ってたからだ。欲しいモンがあってそれを手に入れるために力を尽くす。至極当然でわかりやすい答えだろ?」


 名前を聞きたがっていたことなどすっかり頭から抜け落ちたのかそれとも名前など後で聞けばいいとでも思っているのか、あっさりと答える男。


 ひとまずいきなり戦闘になるという事態は回避できたみたいだが……この反応。まさか本当に、何の裏もなく俺と楽しく会話したいとでも思っているのか?

 どこまで本気なのかわからないが、もし本当に俺と楽しく会話できると思っているなら相当にやばいやつだな。


「欲しいモノ? いったい何のことだ?」


 九分九厘テッドのことだろうが、逃げる手段を思いつくためにも今は少しでも時間が欲しい。


 実力があって動きも速く、無音で近づいてくる。

 わかっている情報だけでも厄介な相手。


 コイツから逃げられるとは思えないが、可能性を諦めたくはない。


「俺の欲しいモン? そんなのそこにいるスライムとそれを御せる力に決まってるじゃねぇか。持ってるんだろ、力? じゃなきゃスライムが街中で大人しくしていられるわけがねぇ。どんな力だ? 単純に腕力か? 魔力か? それとも洗脳みたいな力か? なぁ、どんな力があったらスライムを従わせられるんだ? 言うことを聞かせられるんだ? 教えてくれよ。俺も欲しいんだよ、スライム」


 狂ってる。

 そうとしか言えなくなるほど狂気に歪んでしまった顔。

 遠方で立ち昇り続けている炎の明かりに照らされているせいか、ゆらゆらと揺れる顔の影によって男の不気味な笑いがより一層強調されてしまっているように思えて気持ち悪い。


 噂や同業者という言葉の正体は確かめられていないがそんな場合ではない。

 まだ逃げられる算段はついていないが今すぐコイツから離れた方がいい。


 すぐにこの場を離れろという命令が身体に下され、足が後ろへ向かって動き出す――その少し前。

 俺が動き出すよりも早く男が自分の懐から何かを取り出し、一言つぶやく。


「戻れ」


 男がそう言った直後、男が取り出した三枚のカードが一斉に元の姿を取り戻す。


 アイアンゴーレム、アイアンゴーレム、アイアンゴーレム。


 どこにも損傷などないように見える完全な状態のアイアンゴーレムが三体、男の周りに出現した――と思った次の瞬間、ボゴンッ、ボガンッ、ドゴンッと音を立ててアイアンゴーレムたちが崩れ落ちる。

 三体ともその腹に強い衝撃でも受けたかのようにカラダの中心が大きく凹んでいて、欠けたカラダの破片がいくつもそこら中に転がり落ちていく。

 そして、アイアンゴーレムたちが立ち上がる様子は……なし。

 完全にその生命を停止したらしい。


《テッド、何があった? アイツとの間に現れたアイアンゴーレムが邪魔でアイツの動きがよく見えなかった》


 辛うじてアイツの身体が少し動いているところを見れたくらいだろうか。

 何が起こったのかは全くわからない。


『拳だ。魔力を纏った拳で一発ずつアイアンゴーレムを殴り、沈黙させた』


 テッドからの返答を聞いても、よくわからない。


《アイアンゴーレムの状態は?》

『万全だった』

《つまり、アイツは素手であの硬いカラダを砕き、へこませたってことか?》

『そうだ』

《アイツの拳に怪我は?》

『ない』

《そうか……》


 全身が鉄の塊であるアイアンゴーレムのカラダ。

 そのカラダを容易に打ち砕く腕力、魔力。


 突然アイアンゴーレムを戻した理由も戻ったアイアンゴーレムを殴り倒した理由もわからないが、一つだけわかったことがある。

 アイツの拳を一度でもこの身に食らったら……死。


 テッドがいれば接近されることはないと思うが、油断はできない。

 これまで危機を乗り越えられてきたのはフィナンシェやノエルが近くにいたり、他の誰かが助けてくれたりしたからだ。

 スライムの襲来もスタンピードもカードコレクターからの襲撃も、すべて俺とテッドだけでは乗り越えられなかった。


 だが、今回この場にいるのは俺とテッドのみ。

 フィナンシェたちはそれぞれ別の場所で戦っているし魔湧きで大変なこのときに偶然この場を訪れる者などいない。


 俺たちを狙うのならこれ以上ないというタイミング。

 そんな最悪の瞬間を狙ってきた最悪の相手。


 その相手が、声をかけてくる。


「なぁ、わかるだろ? 強すぎる力を持っちまうとこの世の全てがちっぽけでつまらないものに見えちまうんだよ。お前ならわかるよなあ?」


 そんなこと、俺にわかるわけがない。

 俺は強くない。


 まさか、自分の強さを俺に証明するためにアイアンゴーレムを……?


「だからさぁ、死合おう(しゃべろう)ぜ。俺は強くて、お前も強い。そんな二人が出会っちまったらさぁ、死合う(しゃべる)しかねぇだろ」


 よくわからないが、これ以上コイツとしゃべりたくなんてない。


「もう一度名乗っとくぜ。俺の名前はタラベナカ・ベーラ・イータ。カードコレクター【豪快】のカーベだ! さぁ、せっかくの宴だ! 盛大に死合おう(しゃべろう)ぜ!!」


 突然の開戦。

 男が叫んだ瞬間、一方的な戦闘が始まった。

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