立ち塞がるカベ
『ふむ。やはりな』
テッドの誘導に従って進むこと十分。
この近辺に魔物がやってこなくなった原因でも突き止めたのか、テッドが何かを確認し終えたかのようなことを言う。
《やはり? どういうことだ?》
『直にわかる』
《なんだそれ? このまま進めば理解できるということか?》
『そういうことだ』
やはり。
その言葉が気になり聞き返すも、テッドは答えてくれず。
何もわからず釈然としないまま、ただただテッドの言うように足を進める。
まぁ、この場から離れろという指示がこないということは危険はないのだろう。
直にわかるという言葉もおそらくはテッドが説明するより俺が自分で確認した方が理解しやすい、あるいは説明が終わるまえにその何かのある場所まで俺が辿り着いてしまうということだろうし……なんにせよテッドが確認を終えたということはその何かはすでにテッドの感知範囲内に存在しているということ。
テッドの感知範囲は自身から十五メートル以内の距離。
十五メートルなら歩ききるまでに数十秒もかからないし、実際、自分の目や耳で確かめてしまった方が早いのかもしれない。
というか、さっきから匂っているこの臭い匂いは一体なんなんだ?
凄く濃い魔物や血の匂いが漂っているんだが……さっきテッドの指示に従いながら魔物を倒して回っていたときの名残か?
初めのうちは上手く急所を突けずに無駄に血を流させてしまったりもしていたし、この辺りは一体目のアイアンゴーレムを倒した辺りなのかもしれないな。
そんなことを考えながら歩いていると目的の場所に辿り着いたのかテッドが新たな指示を出してくる。
『手を前に出してみろ。それですべてがわかるはずだ』
《手? まさかまたアイアンゴーレムがいるとでも言うんじゃないだろうな?》
手を前に出す。
その行動によって思い出されるのは先ほどカード化した四体のアイアンゴーレムたちの倒し方。
まさか、ここにもテッドの魔力に触れて動けなくなった新たなアイアンゴーレムがいるんじゃ……。
そう思いながら手を前に突き出す。
すると、手に当たるのは硬い鱗のような何か。
その鱗のような何かを触りながら手を左右に移動させていくとやわらかい毛のような何かや角のような何かにも手が触れる。
そして、数メートルほど右へと移動してみても手に何かが当たっている感触はなくならない。
試しに目の前にある角のような何かに両手で触れ、その形を確かめるように手を動かし探ってみるとおぼろげながら形が掴めてくる。 さらに続けると、その全貌が少しずつ明らかに……というか、これ…………。
《おい、これ……》
『わかったか? これが魔物の来なくなった理由だ』
俺が触れているものの正体に気づいたということに気づいたのだろう。
テッドに確認の念話を送るとまだ言葉の途中であったにもかかわらず即座に返事がくる。
テッドの言葉で今触れているこれが何なのかはわかったが……。
そう考えながら、もう一度確かめるように目の前のものへと手を這わす。
そして――確認する。
やはり、間違いない。
角のような何か、その根元へと手を動かしていくと固く強張った皮膚のような何かに手が触れる。
さらに、目のような何か、鼻のような何か、そして口のような何か……。
続いて隣にあったやわらかい毛のような何かの根元へも手を伸ばしていくと、その根元には弾力のある肉のような何かがあり、その肉のような何かの一部はまるで四足型魔物の脚のような形をしている。
おそらくは、硬い鱗のような何かも正真正銘本物の鱗。
それも……十中八九メタルリザードの鱗。
角のような何かは馬のような脚と鹿型魔物の角を持つブルシットホーンと呼ばれる魔物の角だろうし、やわらかい毛のような何かはライオニードルと呼ばれる全身の毛を必要に応じて硬質化して戦う魔物の体毛だと思われる。
どちらもメタルリザードやアイアンゴーレムと同様にラシュナのダンジョンから誕生する魔物だ。
つまり――
《――これは、大量の魔物によって形づくられた壁…………》
かなり長い距離にわたって続いていそうな長い壁。
メタルリザードやブルシットホーンやライオニードル以外にも、ラシュナのダンジョンから誕生するたくさんの種類、たくさんの数の魔物が積み重なり身動きがとれなくなった状態で固まったらしい魔物の壁。
そんな不気味で謎な魔物の壁が、すぐ目の前に立ち塞がっていた。
……で、だ。
《それで、この壁はどうやって作られたものなんだ?》
魔湧きで発生した魔物たちがここに積み重なり身動きがとれなくなって壁となったこと、おそらくはそのおかげでこの壁よりもこちら側には魔物がやってこなくなったということはわかった。
だが、この壁がどのようにして作られたのかはまったく想像できない。
どうしたら大量の魔物が広範囲にわたって大量に積み重なるのか。
その理由を知りたい。
『壁、か。面白い考え方だな。確かに、魔物によってつくられた壁と称しても偽りではない見かけをしている』
《そんなことに感心していないで早くこの壁の形成方法について教えてくれ。知ってるんだろ?》
休憩をしていても魔物がやってこないのはなぜか。
そう訊いたときテッドは何かに勘付いた様子でこの場所に向かえと勧めてきた。
そして、その勘が正しかったことを確認したからこそ、『やはり』と呟いた。
つまりテッドはここに壁ができていることやこの壁ができた原因を知っている。ないしはその原因に心当たりがあるということだ。
壁を形成している魔物たちがまったく鳴き声を漏らさないことや身動ぎをしている様子がないことも不思議であるし、まずはこの壁がどのようにして形成されたのかということから順を追って説明してもらいたい。
――そう思った瞬間。
ラシュナのダンジョンのある方面に五つの巨大な炎の柱が立ち昇り、周囲が視界を確保するには十分なほど明るく照らされる。
そしてそれと同時。
周囲が明るく照らされたことにより、小さな黒い何かがこちらに向かって飛んできている姿が目に入った。
《今度こそノエルが大規模ま……ッ!》
『跳び退け!!』
謎の物体の襲来。
それが目に入った瞬間、自分でも驚くほど自然に身体が動いた。
今度こそノエルが大規模魔術を使用したみたいだな。
そう言おうとしていたのを中断し、テッドが指示を出してくるよりも早く、即座に後退っている自分の身体。
目が危険を察知した瞬間即座に身体が反応したのは日頃の訓練の賜物だろうか?
身体が左斜め後方へと跳び退いた一瞬後……本当に、紙一重といえるほどすぐ後。
一本、二本、三本と、立て続けにナイフが地面に突き刺さる。
それもただのナイフではなく、闇夜の奇襲用にあつらえられた全身黒塗りのナイフ。
こんなものを闇夜のなか十五メートル以上も離れた場所から投げられたらひとたまりもない。
しかもあの暗闇の中、明らかに俺に命中する軌道で何十メートルも向こうからナイフを飛ばしてくるだけの目、あるいは勘の良さとそれを可能とした恐ろしいまでの投擲精度。
ノエルがつくりだしたと思われる炎による明かりがなければ、それに加えて身体が脳を介すよりも速く反射的に反応してくれなければ、俺は今頃はあのナイフの餌食になっていた。
「んだよ、やっぱり避けられちまうじゃねえか。……ま、そっちの方が面白いがな」
突然の襲撃に反応が遅れたのか襲撃から十数秒ほどが経過してから激しく鳴りだす心臓の音と額から頬を通り顎へと伝っていく一滴の冷や汗。
こんなことをしてきたのは一体どこのどいつだ。
そう誰何するまえに、筋肉ダルマよりも野蛮で凶暴そうな面をしているガタイの良い男が不満と愉悦を口にしながらその風体からは想像もできないほど静かに俺の前に現れた。