違和感の原因?
疲れた身体を休めるための小休止。
この休憩中は索敵等のすべてをテッドに任せじっくりと身体を休めるつもりだったが、休憩しているからこそ気づけることもある。
……というか、一度気づいてしまうと気にせずにはいられない。
《なぁ、一つ訊いてもいいか?》
『なんだ? 言ってみろ』
魔物を倒すために必死に走り回っていたさっきまでの俺では絶対に気づくことのできなかった異変。
動かずにじっとし、周囲に意識を向ける余裕があるからこそ気づけた異変。
この異変の原因について、テッドなら何かわかることがあるんじゃないか。
そう思い、テッドに問う。
《こうして休憩していても後続の魔物がまったくやってこないんだが……魔湧きはまだ終わってないよな?》
暗闇の中。
目は見えず、かわりに音と肌に触れる空気の流れや重さにはいつもよりも集中できている状態。
場所もナールの街壁近くで先ほどまではばんばん魔物がやってきていた地点。
にもかかわらず、魔物の進行がぱったりと止まったかのように周囲には魔物の気配が一切ない。
ラシュナのダンジョン方面の街壁付近ではまだ激しい戦闘が続いているような音がするのに、その音のする場所から街門まで続いているはずのこの付近にはまったく魔物がやってこない。
《ノエルがラシュナのダンジョンに向かって大規模魔術をぶっ放すと言っていたから、その影響か? 俺がここに降ろされてから数十分は経っているような気がするし、それだけの時間があれば大規模魔術の一発や二発ぶっ放されていたとしても不思議ではないよな?》
ノエルが魔湧きの元凶であるラシュナのダンジョンに向かって大規模魔術を放ったおかげでダンジョンから湧き出てくる魔物の数が激減。
その結果、今はラシュナのダンジョン方面の街壁付近だけで食い止められる程度の数の魔物しかナール近辺にはやってきていない。
ナールに来るまでのあいだにはシフォンやテトラたちがいる要塞都市一の街ラールがあるし、ナールまで到達できる魔物の数が少なくなっていたとしてもおかしくない。
そう考えれば一応、筋は通る。
しかし、ノエルが魔術を放ったにしてはその形跡がどこにも見当たらないのが腑に落ちない。
魔湧きが始まって以降一度として派手な魔術を目にした覚えもなければその残滓も見えず、俺が派手な魔術を目にしていないのは必死に魔物たちを倒し続けていたためにラシュナのダンジョン方面へと意識を割くことができなかったからだという理由をつけてみても、一目でその力の強大さがわかるような派手な魔術が発動されたにしてはナールの街が静かすぎる。
ラシュナのダンジョンの方向で発動された大規模魔術が人の手によるものだとわかっているのなら歓声が上がり士気が高揚しているはずだし、大規模魔術を発動した者が不明あるいは大規模魔術を大規模魔術として認識しておらず正体不明の天変地異だとでも思っているのであればもっと慌て、不安が伝播しているはずである。
そして現状そのどちらの様子も窺えないということは、俺が見ていないあいだに何か大きな魔術が発動されていた可能性は低い。
というよりも、自分の名を広め名声を得ることに執着しているノエルが誰にも気づかれないようなひっそりとした魔術を発動するとは思えない。
ノエルならもっと遠目からでも確認できるようなド派手な魔術を放つはずだ。
魔湧きは持久戦の上に今回はその規模が大きいから後々のことを考えて魔力の無駄遣いになるようなことは遠慮した……と考えられないこともないが、ラシュナに来るまでの道中で「やっぱり初めが肝心よね! 最初に大きなのをぶちかまして目立って凄いと思わせて、その認識をずっと継続させたまま最後にまた一際大きな魔術で度肝を抜かす! そうすれば誰もがアタシの名を崇めることになると思うのよ!」というようなことをノエルが何度も上機嫌に語っていたのを覚えている。
そんなノエルが最初の一発を誰に気づかれないかもしれないような魔術で終わらせるはずがない。
ノエルの性格を考えても、世界一の魔術師と呼ばれるようになるためなら多少の無理をしてでもド派手な一発を打ち上げるはずだ。
だがもしノエルの魔術によって魔物の数が減ったというわけでないのなら、いま魔物がこの場にやってこないのは一体なぜだという思いもある。
この場に魔物がやってこない理由としてはやはりノエルが大規模魔術を放ったからというのが一番しっくりきてしまう……とはいったものの、いくらノエルの魔術によって魔物の数が減っていたとしてもラシュナのダンジョン方面からは依然として激しい戦闘音が聞こえ続けているし、街に興味を示さずに街の横を素通りしていく魔物もいることを考えると一体もやってこないというのはありえない。
……魔物たちの流れが変わって、ナールを避けるように移動し始めたのか?
しかしもしそうだとして、一体なぜ? どうして急に?
というか……。
《テッド? 返事がないがどうかしたのか? ……まさかこの状況で寝てるんじゃないよな?》
そう念話を送ってから一秒、二秒、三秒待つ。
返事はない。
《おい、まさか本当に寝てるんじゃ……》
『失敬な。ちゃんと周囲の警戒をしているぞ』
おお、起きてたか。
《それなら返事もちゃんとしてくれ。コマで遊び疲れたせいで寝てるんじゃないかと本気で焦ったぞ》
この状況でテッドの感知がなくなれば俺たちは本格的に詰む。
とりあえずは起きていてくれてよかった。
《それで、どうして返事をしなかったんだ?》
『少し考え事をしていた』
考えごと?
《魔物が来ない理由に関係することか?》
『関係しているという確信はないがな。ひとまず左に向かって直進してくれ』
《左?》
しっかりとした解答を得られぬまま進んでいく会話。
なにがなんだかわからないが、テッドの言う通り左に進む。
すると十分ほど歩いたところでテッドが何かに納得がいったかのような声を上げる。
『ふむ。やはりな』
そして、その発言から数秒後。
俺たちの前に壁のような何かが立ち塞がった。