単品置き去り、道一つ
「じゃあここは任せたわよ」
フィナンシェをシール、シフォンと護衛騎士たちをラールに置いたあと、最後に俺をナールの壁門付近に下ろしたノエルがそう言い残しラシュナのダンジョンへと高速で飛んでいく。
「本当に置いていかれた……」
『ここからは我々で、ということだな。早く魔物の多い方へ向かうぞ』
テッドが魔物のもとに向かおうと提案してくるが、状況に気持ちが追いついていないせいで足が上手く動かせない。
ぽつんと壁門近くに佇む俺。
その周囲を取り囲むようにしてこちらを警戒している魔物たち。
要塞都市各街のラシュナのダンジョン側に存在する壁門は魔湧きの際に街への魔物の侵入を防ぐため、魔物たちが押し寄せてくるラシュナのダンジョン方面から少しズラしたところにある。
壁門の正面がラシュナのダンジョン方面でないことによって壁門近くであるこの場所にはそこまで多くの魔物はいないはずなんだが……。
《いま周りにいるのは何体だ?》
『二十三体はいるな』
テッドが感知できる十五メートル以内だけでも二十三体の魔物。
シフォンたちをラールに降ろして以降かばんから出て俺の右肩まで移動してきたテッドのおかげで俺たちの三メートル以内に魔物が寄ってくることはないが、数が多い。
もし普通に遭遇していたら一目散に逃げている数だ。
たとえゴブリンが相手だったとしても二十三体は多すぎる。
《お前が勝手に魔力を消耗していなければ……》
『すまなかったな』
テッドへの愚痴をもらしながら、俺たちがこの場に降ろされたときにテッドの魔力に当てられそのまま倒れ続けている無防備なメタルリザード二体にトドメを刺し、カード化させる。
これで半径三メートル以内から魔物の存在はなくなった。
問題は……。
『右二、左前方一、後ろ四。アイアンゴーレムによる投擲だ』
右に二歩、左斜め前に一歩、後ろに四歩。
テッドの指示に従い、前方から飛んできた小さな岩とその破片を避ける。
《テッドへの怯えが発生する範囲――三メートルの外側からの攻撃が厄介だな》
ラシュナのダンジョンで誕生する魔物のなかには中遠距離への攻撃が可能な魔物も存在している。
そしてそれが、とてつもなく面倒くさい。
この世界の生物がテッドの魔力に触れ、動けなくなる距離はテッドから三メートル以内。
この三メートルという距離のおかげで近距離からの攻撃はほとんど警戒しなくてもいい。
しかし、三メートルよりも外側から攻撃する手段などいくらでもある。
ナールまで運んでもらった際ノエルに戦闘が激化している地帯ではなく比較的魔物の少ないこの壁門付近に降ろしてもらったのも三メートル外から飛んでくる魔法や矢に巻き込まれるのが嫌だったからであるし、残念なことに今回魔湧きの起こったラシュナのダンジョンからは三メートルよりも遠方へと攻撃を届かせてくる魔物が少なくない数存在する。
《本当ならノエルやフィナンシェ、護衛騎士たちの活躍によって俺やシフォンのもとまで魔物の攻撃が届くようなことはなかったはずなのに……》
せめてパーティで行動できていれば一瞬のうちに相手を無力化するフィナンシェとノエルの魔術によって中距離や遠距離から攻撃が飛んでくることもなかっただろうが、こうなってしまってはもうどうしようもない。
今この場にいるのはテッドと俺だけ。
孤立してしまった以上は俺たちだけでこの場をやりすごさなくてはならない。
しかもテッドのせいで気軽に魔力をつかえる状態ではなくなってしまっているから中遠距離への対抗手段も限られる。
魔力残量は……体感的に普段の半分もないだろうか。
かなりの魔力が消費され、まだ十分に回復しきっていない。
これでは魔法玉やメルロの使用にも制限がかかるし、魔力で感知を行っている都合上魔力が減りすぎるとテッドの感知精度にも影響が出る。
『前七、右一、左五』
今度は左後方からの攻撃。
地面に当たり砕けた岩が四方に飛び散る。
魔力残量的には戦闘につかえるだけの必要最低限の魔力はある。
しかし魔湧きはまだ始まったばかり。
現時点でこれ以上の魔力の消費は許されない。
『左三、後ろ六。飛ばされてきたのはメタルタートルだ』
左方から飛ばされてきた魔物をテッドの指示に従って避ける。
メタルタートル……たしかカラダを硬い甲羅に隠すことのできる魔物だな。
フィナンシェたちから話を聞いた印象では亀型の魔物に近い姿の魔物。
テッドが断言してきたことからも、概ね想像通りの姿をしているのだろう。
加えて、亀型の魔物は総じて防御に優れている。
メタルタートルも例外ではないと聞いた。
今飛ばされてきたメタルタートルはテッドの魔力に怯えて動けなくなっているようだが……コイツは遠距離への攻撃手段を持っていない魔物だし、後回しだな。
まずはうっとうしいアイアンゴーレムからなんとかするべきだろう。
『左後方三、後ろ二』
こんなことならシフォンと別れるまえに回復魔法をかけてもらっておけばよかった。
フィナンシェたちがいれば攻撃は届かないだろうし俺やシフォンが魔物と戦う機会はほとんどない、回復魔法をつかってもらうのはもっと心身ともに疲弊したときでいいだろう――などと考えなければ今頃は万全の状態でこの場に立っていたはずなのに……。
いつでもシフォンから魔法をかけてもらえるという安心感とこんなところでシフォンの魔力を消費させるわけにはいかないという考えのせいで判断を誤ってしまった。
あれよあれよと変化していく状況に戸惑っているうちにシフォンとは別れてしまったから、もう回復は望めない。
それも、おそらくは魔湧きが終了するまで回復魔法はかけてもらえないと考えた方がいい。
『また来たぞ。今度は左に三メートルだ』
《だああもうッ、間隔が短い!》
四方八方から飛んでくる岩や木や魔物がうっとおしすぎる。
だが現状は魔力残量が少なく、俺唯一と言ってもいい遠距離攻撃手段・魔法玉が使用できない。
魔力はつかえず、使用できるのは己の身体と剣、それに加えてテッドの感知と怯えのみ。
どう考えても近距離戦以外は行うことができない。
「こうなったら取れる手段は一つしかないな」
深呼吸を一つ。覚悟を決める。
『体力勝負か?』
「ああ、そうだ! アイアンゴーレムまでの誘導は任せたぞ!!」
この状況で考えつく手段はアイアンゴーレムへの突撃一択。
俺に向かって物を投げつけてきているアイアンゴーレムが何体いるのかは知らないが、アイアンゴーレム以外の魔物から遠距離攻撃をされている様子はない。
要するに、すべてのアイアンゴーレムを叩けば遠距離からの攻撃は一旦止まるはず。
――となればこれはもう、自分の持久力を信じ、アイアンゴーレムへ向かって走り出すしかない。